19 / 19
x・救われる子供
しおりを挟む少年の声がした。
聞いたことのない声だった。
少年の声が、私に全てを委ねろと告げている。
私は言われた通り、少年へと全てを委ねた。
そうしたらこれまでのあらゆる記憶が渦巻いて、泡のように浮かんでは、次々と消えていった。
父上と、母と、女中と、騎士様や司祭様。名も知らないご令嬢たち。私の中で一等キレイだったミオシディア。
そうだ、これまで生きてきた中で、呼ばれる私の名に祝福が含まれていなかったのは、アリアが呼んだ時だけだった。
皆からの祝福に塗れた私の名はすでに穢れ果て汚くて。
ミオシディアはキレイだったからだろうか、私の名を呼ばなかったし、それはいつからかずっと私の側にいるようになったあの騎士様も同じ。
一度も名を呼ばれず、だけど私はそれでよかった。名など呼ばれたくなかった。穢れ果てた祝福に満ちた名など、あの騎士様には決して。
記憶が巡る。ぐるぐると渦になる。
祝福を。
ああ、祝福とは何だったのだろう。
私の、これまでは。
ルピル。
誰かが私をそう呼んだ。だけどもう、私には。それが私の名とは、もう、思えなかった。
陽が射していた。
かつて少年だった者が告げた通り、用意してくれた住処は王都の郊外にあるこじんまりとしたもので、だが、男にとってはそれで充分だった。
周囲に住む者達は皆、人が良く、事情がある男や、男の家族たちを、温かく快く支えてくれる。幼い子供と、赤子のようになってしまった少年を抱えた男は、そんな周囲にどれほど助けられたかわからない。この国だからこそなのだろうと男は思って、それは確かにその通りなのである。それから数年。
「父様、これはこうするので良いのですか?」
見た目だけなら成人も近い少年のように見える美しい姿をした青年は、だが、見た目以上に幼い口調で男に手元の確認をしに来た。
青年が今、手に持っていたのは内職のようなもので、魔道具のちょっとした修繕に当たる。
存外に手先が器用で、かつ魔力操作に長けていたらしい青年が得意とすることだった。
「おう、よく出来てるじゃないか、それでいい」
男が微笑んで頭を撫でると、青年は照れ臭そうにはにかんだ。
可愛らしく美しい、陰りのない笑みだ。
男はよかったと心の底から感謝した。
青年はもう、自分が不快と感じることを求めたりなどしない。祝福などとも口にはせず、だけど、これまでのことなど、何も覚えてはいなかった。
今、青年に分かるのは、この家で男と兄のような弟のような子供との3人で過ごしてきた日々のことだけ。
それだけできっと、充分だった。
だって青年は穏やかに微笑んでいる。見た目に反した幼い情緒のまま、だけどもう苦しんだり、痛がったりなどしていない。それだけでよかった。
置いた自分の手が目に留まる。もう若くはない男はきっと、青年よりずっと早く死ぬのだろう。元々男とは親子ほども年の離れていた青年は魔力量も多く、そもそも男より寿命がずっと長いだろうから、これから青年の情緒が成長して大人になった後でも、他の者と同じ程度には生きられるはずだ。
もう、男がこの後いなくなったとしても、青年が苦しむことはない。子供とだって、母としては接せられなくとも、兄弟のようには共に育ってくれている。
青年の背から、光が射し込んでいた。
それはたとえようもなく男にとっては美しい光景に見えて。だから。
「ディリー」
青年の名を呼んだ。
青年が微笑む。
「父様? どうしたんです?」
幼い口調でほわりと首を傾げて。憂いのない顔で。
呼んだ名前は新しい名前だ。もう青年は元の名で呼ばれることなどない。
それが何だか男にとっては、まるで救いの象徴のようにさえ思えるばかりだった。
Fine.
10
お気に入りに追加
136
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
良かった…
なんかハッピーエンドではないかもしれなけど、
少なくとも最後は王子様幸せになってくれて良かった…
面白かったです。素敵な物語をありがとうございました。
感想ありがとうございます!
辛すぎる記憶は忘れた方がいいこともあるとかそういう……
面白かったとおっしゃって頂けて嬉しいです!
こちらこそ、読んで下さって、かつ感想まで!ありがとうございました!