【完結】救われる子供

愛早さくら

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x・救われる子供

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 少年の声がした。
 聞いたことのない声だった。
 少年の声が、私に全てを委ねろと告げている。
 私は言われた通り、少年へと全てを委ねた。
 そうしたらこれまでのあらゆる記憶が渦巻いて、泡のように浮かんでは、次々と消えていった。
 父上と、母と、女中と、騎士様や司祭様。名も知らないご令嬢たち。私の中で一等キレイだったミオシディア。
 そうだ、これまで生きてきた中で、呼ばれる私の名に祝福が含まれていなかったのは、アリアが呼んだ時だけだった。
 皆からの祝福に塗れた私の名はすでに穢れ果て汚くて。
 ミオシディアはキレイだったからだろうか、私の名を呼ばなかったし、それはいつからかずっと私の側にいるようになったあの騎士様も同じ。
 一度も名を呼ばれず、だけど私はそれでよかった。名など呼ばれたくなかった。穢れ果てた祝福に満ちた名など、あの騎士様には決して。
 記憶が巡る。ぐるぐると渦になる。
 祝福を。
 ああ、祝福とは何だったのだろう。
 私の、これまでは。
 ルピル。
 誰かが私をそう呼んだ。だけどもう、私には。それが私の名とは、もう、思えなかった。








 陽が射していた。
 かつて少年だった者が告げた通り、用意してくれた住処は王都の郊外にあるこじんまりとしたもので、だが、男にとってはそれで充分だった。
 周囲に住む者達は皆、人が良く、事情がある男や、男の家族たちを、温かく快く支えてくれる。幼い子供と、赤子のようになってしまった少年を抱えた男は、そんな周囲にどれほど助けられたかわからない。この国だからこそなのだろうと男は思って、それは確かにその通りなのである。それから数年。

「父様、これはこうするので良いのですか?」

 見た目だけなら成人も近い少年のように見える美しい姿をした青年は、だが、見た目以上に幼い口調で男に手元の確認をしに来た。
 青年が今、手に持っていたのは内職のようなもので、魔道具のちょっとした修繕に当たる。
 存外に手先が器用で、かつ魔力操作に長けていたらしい青年が得意とすることだった。

「おう、よく出来てるじゃないか、それでいい」

 男が微笑んで頭を撫でると、青年は照れ臭そうにはにかんだ。
 可愛らしく美しい、陰りのない笑みだ。
 男はよかったと心の底から感謝した。
 青年はもう、自分が不快と感じることを求めたりなどしない。祝福などとも口にはせず、だけど、これまでのことなど、何も覚えてはいなかった。
 今、青年に分かるのは、この家で男と兄のような弟のような子供との3人で過ごしてきた日々のことだけ。
 それだけできっと、充分だった。
 だって青年は穏やかに微笑んでいる。見た目に反した幼い情緒のまま、だけどもう苦しんだり、痛がったりなどしていない。それだけでよかった。
 置いた自分の手が目に留まる。もう若くはない男はきっと、青年よりずっと早く死ぬのだろう。元々男とは親子ほども年の離れていた青年は魔力量も多く、そもそも男より寿命がずっと長いだろうから、これから青年の情緒が成長して大人になった後でも、他の者と同じ程度には生きられるはずだ。
 もう、男がこの後いなくなったとしても、青年が苦しむことはない。子供とだって、母としては接せられなくとも、兄弟のようには共に育ってくれている。
 青年の背から、光が射し込んでいた。
 それはたとえようもなく男にとっては美しい光景に見えて。だから。

「ディリー」

 青年の名を呼んだ。
 青年が微笑む。

「父様? どうしたんです?」

 幼い口調でほわりと首を傾げて。憂いのない顔で。
 呼んだ名前は新しい名前だ。もう青年は元の名で呼ばれることなどない。
 それが何だか男にとっては、まるで救いの象徴のようにさえ思えるばかりだった。



Fine.
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ニャン
2022.03.03 ニャン

良かった…
なんかハッピーエンドではないかもしれなけど、
少なくとも最後は王子様幸せになってくれて良かった…

面白かったです。素敵な物語をありがとうございました。

愛早さくら
2022.03.03 愛早さくら

感想ありがとうございます!

辛すぎる記憶は忘れた方がいいこともあるとかそういう……

面白かったとおっしゃって頂けて嬉しいです!
こちらこそ、読んで下さって、かつ感想まで!ありがとうございました!

解除

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