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18・答え
しおりを挟む人の記憶や思考を操作する魔術を、行使出来る存在などそれほど多くはない。
それこそ、この辺りの近隣国の中だと、ナウラティスぐらいにしかいなかった。
ただ、ナウラティスはある意味特殊な国だ。
思想防壁に守られ、思想統一がされた国。
悪意と害意を徹底的に排除した彼の国は、逆に言うとどのような魔術や魔法、技術でさえ、悪用する者がほとんど存在しなかった。
それがゆえ救いを求める者もまた多く、ルピオダイルや彼を伴った男のように国を目指すものは後を絶たない。
ただしその中で、実際に入国できる者はほんのひと握りだ。多くは結界に弾かれる。
ナウラティスはそういう国だった。
だから、入国し、王宮の、しかも謁見の間まで辿り着くことが出来た、それだけで話を聞くに値する。
加えて少年は知っていた。
皇后たる母が、ルピオダイルの生まれ育ったキゾワリ聖国という国に負い目があることを。全く気にする必要などないのに、気にせずにはいられないということを。
だからきっと手を差し伸べようとするだろうと思って、だが同時に母にはそんなことさせられないと思った。
実際にルピオダイルの記憶を読んで、母にさせなくてよかったと痛感する。
こんな記憶、きっと母は耐えられなかっただろう。
決して母は弱くはない。だが、強くもないことを知っていた。
そもそも、高位貴族として生まれた割には、出来れば身の回りの身支度さえ、自らの手でこなしたいと考えている母だ。
父とそういった触れ合いをする時も、王族ともなれば、従者や護衛がいることなど当たり前のことなのに、声や物音を聞かれることさえ嫌がる。おかげで父はそう言った時には、視界のみならず物音さえ遮断する結界を身に着けていて、それらを必ず行使した。全ては母を思うが故のことである。
そんな母があの記憶を読んだなら。おそらく、ほぼ必ず、父と触れ合う時に影響が出たことだろう。そうすると父がどうなるのか。
少し想像しただけで面倒くさいことになる予感しかせず、ルピオダイルの記憶を読んでからはより強く、自身が請け負ってよかったとしか少年は思えなかった。
母がそうするより、少年がこうする方が、受ける影響が少ないだろうという自信があったし、実際ルピオダイルの記憶を読んでなお、やはり問題はないだろうと考えている。
それが自らに対する過信であったとしても。そんなものこの場では関係がない。むしろ問題とするのなら、ルピオダイル本人の方。
今現在でさえ、何もわからない顔をしている、哀れな王子様の方だった。
記憶を読んだからこそはっきりと断言できる。
彼は壊れている。
少なくとも、彼の価値観はめちゃくちゃだ。
自分にとって、より不快なことを求めるなど、被虐趣味でもあればいざ知らず、そうでないなら、精神を痛めつけるばかりだろう。加えて肉体的な苦痛をも、求めなければならないと考えている。
楽しいことも嬉しいことも何も知らず、それらを感じたとしてもわからない、自覚できない。
それら全ては彼生来のものではなく、生まれた環境ゆえに植え付けられたものなのだ。
押さえつけられ歪められた自我を正すには、なるほど彼を伴った男が求めるように、一度彼の記憶をリセットするより他はないのかもしれなかった。
たとえそれが彼の側にいる者、つまりこの男のエゴだとしても。
だから少年はいま一度男に問うた。
「貴方は本当にそれを望むのですか?」
ルピオダイル王子の記憶の消去を。それはこれまでの彼を殺すことと同義だ。それでも。
「俺は……こいつに、死んでほしくない、生きて欲しいんです。あんなゴミ溜めみたいな場所に浸ったまま、それしか知らずに死ぬなんて耐えられない。あんな場所に生まれたのは、こいつの所為じゃないでしょう? なのにどうしてこいつは生きられないんです? どうしてこいつばっかり辛い目に合わなきゃいけないのか。それがどうにかできるって言うんなら、俺は……」
少年は溜め息を吐いた。
「なら、貴方の望むままに。でもさっきも言ったように、彼の価値観を根本から正そうと思ったら、残せる記憶なんてほとんどありませんよ? 彼は赤ん坊からやり直すことになる」
「構いません。俺が面倒を見ます。俺の一生をかけて、俺が」
少年をまっすぐに見つめ返す男の意思は固い。
それは言葉にするよりずっと容易ではないと思う。だが、望むというのなら叶えるまでだ。
「ならせめてこの国の中に住む場所だけでも用意しましょう。多分キゾワリまで戻るよりもそちらの方がいいでしょうから。父様も、それは構わないでしょう?」
苦い顔をするばかりの母ではなく父に許可を求めたのは、それもまた母の心情を軽くするためだった。要は父にも許容する姿勢を母に見せろと告げたに等しい。
それがわかっている父は頷いた。
ルピオダイルはやはり何もわかっていない顔をしている。
「っ……! ありがとう、ございます……っ」
感謝を口にする男は、この国のこの王宮にまで来たのだ。
それが全ての答えだった。
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