【完結】救われる子供

愛早さくら

文字の大きさ
上 下
18 / 19

18・答え

しおりを挟む

 人の記憶や思考を操作する魔術を、行使出来る存在などそれほど多くはない。
 それこそ、この辺りの近隣国の中だと、ナウラティスぐらいにしかいなかった。
 ただ、ナウラティスはある意味特殊・・な国だ。
 思想防壁・・・・に守られ、思想統一がされた・・・・・・・・国。
 悪意・・害意・・を徹底的に排除したの国は、逆に言うとどのような魔術や魔法、技術でさえ、悪用する者がほとんど存在しなかった。
 それがゆえ救いを求める者もまた多く、ルピオダイルや彼を伴った男のように国を目指すものは後を絶たない。
 ただしその中で、実際に入国できる者はほんのひと握りだ。多くは結界に弾かれる。
 ナウラティスはそういう国だった。
 だから、入国し、王宮の、しかも謁見の間まで辿り着くことが出来た、それだけで話を聞くに値する。
 加えて少年は知っていた。
 皇后たる母が、ルピオダイルの生まれ育ったキゾワリ聖国という国に負い目があることを。全く気にする必要などないのに、気にせずにはいられないということを。
 だからきっと手を差し伸べようとするだろうと思って、だが同時に母にはそんなことさせられないと思った。
 実際にルピオダイルの記憶を読んで、母にさせなくてよかったと痛感する。
 こんな記憶、きっと母は耐えられなかっただろう。
 決して母は弱くはない。だが、強くもないことを知っていた。
 そもそも、高位貴族として生まれた割には、出来れば身の回りの身支度さえ、自らの手でこなしたいと考えている母だ。
 父とそういった触れ合い・・・・・・・・・をする時も、王族ともなれば、従者や護衛がいることなど当たり前のことなのに、声や物音を聞かれることさえ嫌がる。おかげで父はそう言った時・・・・・・には、視界のみならず物音さえ遮断する結界を身に着けていて、それらを必ず行使した。全ては母を思うが故のことである。
 そんな母があの記憶を読んだなら。おそらく、ほぼ必ず、父と触れ合う・・・・時に影響が出たことだろう。そうすると父がどうなるのか。
 少し想像しただけで面倒くさいことになる予感しかせず、ルピオダイルの記憶を読んでからはより強く、自身が請け負ってよかったとしか少年は思えなかった。
 母がそうするより、少年がこうする方が、受ける影響が少ないだろうという自信があったし、実際ルピオダイルの記憶を読んでなお、やはり問題はないだろうと考えている。
 それが自らに対する過信であったとしても。そんなものこの場では関係がない。むしろ問題とするのなら、ルピオダイル本人の方。
 今現在でさえ、何もわからない顔をしている、哀れな王子様の方だった。
 記憶を読んだからこそはっきりと断言できる。
 彼は壊れている。
 少なくとも、彼の価値観はめちゃくちゃだ。
 自分にとって、より不快なことを求めるなど、被虐趣味でもあればいざ知らず、そうでないなら、精神を痛めつけるばかりだろう。加えて肉体的な苦痛をも、求めなければならない・・・・・・・・・・と考えている。
 楽しいことも嬉しいことも何も知らず、それらを感じたとしてもわからない、自覚できない。
 それら全ては彼生来のものではなく、生まれた環境ゆえに植え付けられたものなのだ。
 押さえつけられ歪められた自我を正すには、なるほど彼を伴った男が求めるように、一度彼の記憶をリセットするより他はないのかもしれなかった。
 たとえそれが彼の側にいる者、つまりこの男のエゴだとしても。
 だから少年はいま一度男に問うた。

「貴方は本当にそれを望むのですか?」

 ルピオダイル王子の記憶の消去を。それはこれまでの彼を殺すことと同義だ。それでも。

「俺は……こいつに、死んでほしくない、生きて欲しいんです。あんなゴミ溜めみたいな場所に浸ったまま、それしか知らずに死ぬなんて耐えられない。あんな場所に生まれたのは、こいつの所為じゃないでしょう? なのにどうしてこいつは生きられないんです? どうしてこいつばっかり辛い目に合わなきゃいけないのか。それがどうにかできるって言うんなら、俺は……」

 少年は溜め息を吐いた。

「なら、貴方の望むままに。でもさっきも言ったように、彼の価値観を根本から正そうと思ったら、残せる記憶なんてほとんどありませんよ? 彼は赤ん坊からやり直すことになる」
「構いません。俺が面倒を見ます。俺の一生をかけて、俺が」

 少年をまっすぐに見つめ返す男の意思は固い。
 それは言葉にするよりずっと容易ではないと思う。だが、望むというのなら叶えるまでだ。

「ならせめてこの国の中に住む場所だけでも用意しましょう。多分キゾワリまで戻るよりもそちらの方がいいでしょうから。父様も、それは構わないでしょう?」

 苦い顔をするばかりの母ではなく父に許可を求めたのは、それもまた母の心情を軽くするためだった。要は父にも許容する姿勢を母に見せろと告げたに等しい。
 それがわかっている父は頷いた。
 ルピオダイルはやはり何もわかっていない顔をしている。

「っ……! ありがとう、ございます……っ」

 感謝を口にする男は、この国のこの王宮にまで来たのだ。
 それが全ての答えだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...