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15・絶望の中で
しおりを挟むルピオダイルは男をはじめ、自分に手を伸ばす者達のことを、騎士や司祭だと教えられていたようだがそんなはずはない。
彼の国の国教たるキゾワリ聖教のことなぞ、名前を聞いたことがあればいい方で、男のような傭兵や冒険者、中には山賊や盗賊の類までいたのではないかと思う。
とかく魔力さえ多ければいいという基準のみで、集められた男たちだったようだった。
否、あの王宮に残っていたのが、そのような者達だけだったのだろうとも思う。
男が見る限り、あそこは真っ当な精神を持つ者には耐えられないような場所だ。男自身だって、最初の仕事相手がルピオダイル以外であったなら、とっくに逃げ出していたことだろう。
要はあまりに哀れな子供が気になって、離れられなくなったのである。
男は男のできる範囲でルピオダイルを助けるべく動いた。
腐っても傭兵なんぞをしていたのだ、状況判断ぐらいできる。
ルピオダイルを。そうと決めて動けば、当たり前にほかになど手が回らなかった。
見捨てる形となった者たちの悲鳴が耳にこびり付いて離れない。それでもせめてルピオダイルだけでも。
彼の状況を少しでも悪くないものとするのに、1番早かったのはできるだけ近くにいて、可能な限り彼の相手を自分が務めることだった。
手荒な真似に傷つくばかりの彼を、自分の出来る限りで労わった。
いっそここから連れ出してしまおうかと何度も思う。ルピオダイルにそのつもりがあればいくらでもそう出来た。だが、肝心のルピオダイル自身にそんな考えが微塵もないのだ。
この状況から逃れたいと思っていない。
生まれた時からあんな王宮で育って、ルピオダイルにとってはこんな日常が当たり前で。
にも関わらず、ルピオダイルがそれらを受け止めきれていないこともまたわかっていた。
いつ触れても硬い体。傷つくばかりの腹の中。嫌悪に満ちた表情。
男はルピオダイルが気持ちよさそうにしているところなど見たことがなかった。
なのに笑う。
祝福を。
喜びの言葉を口にする。
祝福を。
それは呪いのようだった。
だからだったのだろうか。わからない。もしくはどうもルピオダイルは魔力が多く、特に治癒魔術が得意なようで、否、むしろそれしか出来ないようだったけれど、とにかく自分の傷を自分で治せたからか。
それもあったのだと思う。
ルピオダイルの扱われ方は、他の者がそうされるよりもずっと悪かった。
小さな子供の体になんて無茶をするのだろう。
強ばり少しも解れていない腹の中を力任せに押し開く様を、どうして正気で見ていられただろう。
他の妃だとかいう周りの男女を扱う時よりも、ルピオダイルにそうする時の方が、ずっと乱暴で強引だったのだ。
男はそんな扱いばかり受けているルピオダイルを自分自身で相手とすることによって、可能な限り庇い続けた。
ルピオダイルが疲弊しきった体を引きずって学園に通い始めた時には、そのまま逃げてくれればとさえ思った。
だが、そうはならず、むしろ聖王サマの怒りでも買ったのか、ルピオダイルの扱いはさらに酷くなって、彼が痛みと苦しみの中で呻いてない時がなくなっていく。
気が狂いそうだった。
男はルピオダイルを助けたかったのだ。
なのに彼を取り巻く状況は少しもよくならない。
男は聖王サマに願い出た。なりふり構わず懇願して数年。
ようやくなんとか、ほとんど男一人でルピオダイルの相手をすることを許された時には、ルピオダイルは2人目の子を孕まされていた。
父親である聖王サマの子供だ。
尊い神の一部なのだそうだ。
わけがわからなかった。
だが、ようやく男はルピオダイルに少しでも安寧をもたらせられたのではと思っていた。
そのうちに聖王サマも何者かに殺され、王宮を出ることになり、男は3人目の子供を身ごもったばかりだったルピオダイルを伴って市井の片隅に移り住むことになる。
最低限の生活は国が補償してくれて、食べるに困らない程度の生活を送ることが出来た。
男は安堵した。
これでもうルピオダイルをあのような目に合わせることがなくなる。
ようやく彼は救われるのだと、そう。
なのに。
ルピオダイルは変わらなかった。
ただ、一途に祝福を求め続けた。
子供だって、今度こそとルピオダイルに育てさせてみようとしたけれど、どうすればいいのかわからないようで、男が促さなければ抱き上げもしない。
その上、祝福を求めて町を徘徊する始末。
助けられない。
絶望に染った男にもたらされたのは、いっそ彼の国を頼ってみてはどうかという助言だった。
だから男はここに来たのだ。
ここ、ナウラティス帝国へと。
それはあの聖王サマのご崩御の、手助けをしたと噂されている国だった。
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