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7・橙色の瞳
しおりを挟む私が一人のご令嬢と出会ったのは、確か私が学園の2学年に上がってすぐのことだったと思う。私とそのご令嬢との出会いは偶然だ。
私はその日、校内を一人で歩いていた。学園内であれば、私には護衛などが誰もつかないことがあり、だから私はその時一人で、何を思ったのだったか、詳しくは忘れてしまったのだが、校舎を出てすぐの所で、件のご令嬢にぶつかられたのである。
それほどの勢いでぶつかられたわけではなかったのだが、日々、城で頂く祝福の影響もあり、私が疲弊していない時はなく、常に倦怠感と特に腹の奥に留まる疼くような痛みとが私を苛んでいて、自分よりも小柄なご令嬢にぶつかられただけでも、私は容易く尻もちをついた。
もっとも、その時の私がそのような状態であったのだろうと自覚できたのは随分と後になってからのことで、当時の私にとって体の不調などは認識するまでもない当たり前のこととなっていたのだが、それはともかく。
「す、すみません! 急いでいて前を見ていなくて! あの、大丈夫でしたか?」
座り込んだ私をのぞき込んできたご令嬢を見た瞬間、まるで時が止まったかのようだと思った。
濃い桃色をした髪と、やはり濃い橙色の瞳。
可愛らしい顔立ちの少女。
私が今まで生きてきた中で、見たことがある一番美しい存在はミオシディアだと思っているのだが、このご令嬢は、愛らしさでそれに並んだ。
そんなご令嬢が、私を見て、ポーっと頬を赤らめている。
一瞬、嫌悪感が私の中で湧き上がった。
なるほど、この少女は私に祝福を与える存在なのだなと理解する。
「なんてキレイな人……」
先程の気づかわしげな様子は何だったのか。今は私に見惚れるばかりのご令嬢。
私になど一度として見惚れたことのないミオシディアとは違う。
そして、私が我に返るより、ご令嬢がそうする方が一瞬だけ早かった。
「え?! あ、あの! 本当にすみません!」
すぐさま謝ってくる様子に、貴族令嬢らしさがなく、むしろ私によく祝福をお与え下さる騎士様たちの方がより近いような印象を受けた。
それはともかくとして、しかし、この学園に通っていて、まさかこのご令嬢は私の顔を知らないのだろうか。今まで私は、私を第三王子だと知らずに接してくるような者と出会ったことがなく、それだけでどう対応すればいいのかわからなくなる。
私はぎゅっと困惑に眉をひそめた。
「……お前、この私の顔を見て何も思わないのか」
ぽつり、呟くと、ご令嬢は不思議そうに首を傾げ、
「えっと、あの……キレイな顔だとは、思いますが……?」
と、ある意味では聞き慣れた賛辞を私に与えた。
私はしばしご令嬢を眺め、やがてふいと視線を逸らせた。
澄んだ眼差しだった。ミオシディア以外で初めて目にした、何の含みもなく、私に祝福をもたらさない眼差し。
「もういい」
私は一人で立ち上がって、
「あの! 本当にすみませんでした!」
と、改めて謝罪の言葉とともに頭を下げるご令嬢をちらと目にし、初めて感じる自分の感情によくわからなくなりながら、結局ふいと顔を逸らした。
「ふん」
鼻を鳴らして立ち去る。ご令嬢の澄んだ橙色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
※「婚約破棄して欲しいとか言ってません!」の「2・編入と遭遇」が同じシーンの「ご令嬢」視点になります。
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