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1・母の姿
しおりを挟む生まれた時から私の周りにあったのは嬌声と悲鳴、そして呻き声だけだった。
それ以外は呪詛だ。否、違った。祝福を説く言葉。
「全ては聖王様のお導きのままに」
ことあるごとにそう言われて私は育ったのである。
私はキゾワリ聖国の国主である聖王の第五子、第三王子として生を受けた。
聖王の第4側妃となる母は他国の王子で、美しい青年なのだと聞く。しかし私は母の美しい姿など見たことはなかった。
私の知る母は常に嬌声か悲鳴か呻き声を上げていて、ベッドの上か床に這いつくばり、父上や騎士や司祭たちから祝福を受けていた。
時折私と目が合うことこそあれど、すぐに視線は逸らされる。声をかけられたことは一度もなく、名を呼ばれたこともない。
しかし私とて人間なのだから、1歳になるまでは母から魔力を与えられて育ったはずで、少なくともその頃になら母に触れらたことがあるはずだ。それとも、それさえも他の者が担ってくれたのだろうか。私にはわからない。
私が覚えている限りで母に触れられたことはなく、王族というものはそういうものなのだと教えられた。
また、母が祝福を受けている時は邪魔をしてはいけないとも教わった。
尊い行為であり、喜びを持って甘受せねばならないものなのだそうだ。
しかし、母は他国の生まれゆえか神を信じる心が足りず、よりたくさんの祝福が必要なのだとか。
私も、いずれは祝福を受けられるだろうと告げられた。
美しく高潔を保ち、聖王のお導きに従っていればやがて。
父上の子であり、母に似て美しい容姿を持つ私なら、父上から直接祝福を受けられる名誉を賜れる可能性も高いので、その時には喜びを持って受け入れねばならないのだそうだ。
父である聖王から直接祝福を賜ることは、何よりも得難く誇るべきことであり、もっとも神に近づける行為であるとのこと。
なにせ聖王はこの世界でもっとも神に近く、現身とも呼べる存在であるのだ。祝福までは受けられずとも、遮るものなく触れられるだけでも名誉であり、それもまた、祝福の一部であるらしかった。
全ては聖王様のお導きのままに。
「ぁっ、ぁっ、あぁ……ゃめてぇ……もぉいやぁ……」
か細い声で母が呻いている。
「はは、やめるわけねぇだろ、聖王陛下のご指示だぞ? 腹の子を育てるには魔力が必要だからなぁ……ほら、祝福だっ! 心して受け取れっ!」
「ぁあっ!」
母の上で腰を振っていた騎士様が、ひときわ強く母を揺さぶって、母は苦痛に満ちた悲鳴を上げていた。祝福を受け取ったのだろう。
どうやら母はまた、私の弟か妹を身ごもっているらしい。
騎士様はお一人ではなく、今まで母を揺さぶっていた方が母から離れると、また他の騎士様が母へと手を伸ばしていた。
いつものことである。
いつも、私の知る限り母はそのように過ごしておられる。
と、同じ部屋にいた私に先程まで母へと祝福をお与えになっておられた騎士様が、不意に目を止められた。
「ん? なんだガキ、いたのか。なんだぁ、お前も祝福が欲しいのかぁ? はは。まだちっせぇーくせに、とんだガキだな!」
ガハガハと笑われて私は何と答えればよいのかわからなかった。
父上がお導きになられたのなら、騎士様が言うとおり、私も祝福を受けねばならぬのだろう。だが、今は何も言われておらず、私はただ、その場にいただけだった。
母は私に一切構わないが、私はまだ母から離されてはおらず、母の与えられているいくつかの部屋のうちに一つが私の部屋だった。母の寝室とは違う所ではあったが、今のように寝室以外の場所で母が祝福を受けていると、必然的に私は母が祝福を受けている場面を見ることとなる。
幾人もいる母を同じくする弟妹も私と同様であったはずだが、不思議と弟妹のことは記憶になかった。
母は2年おきぐらいに子供を産んでいたようなので、母を同じくする弟妹が何人もいるのだけれど、数多くいる弟妹のいったいどの子が母を同じくしているのかが、私にはまったくわからないのである。
重要ではないと言われているためだった。
「ルピル様。お起きになられたのですね」
騎士様に答えを返せないでいる間に、いつも私の世話をしてくれている女中が、私を呼びにやってきた。
礼拝と勉強の時間なのだろう。
女中は呻く母や母に祝福を与えておられる騎士様たちに一切視線を向けず、私の手を取ってさっさと部屋を後にした。
扉が閉まる間際、ちらと振り返って先程の騎士様を見ると、騎士様はすでに私の方など見ておらず、なんだ、答えなど必要なかったのだなと私は思った。
「……私もいつかああして祝福を受けるのだろうか」
思わずぽつり、呟いた私に女中がにこやかに笑って頷く。
「そうですね。ルピル様はお美しくていらっしゃいますから、あるいは。ですが、すべては聖王様のお導きのままに」
私は女中を見た。女中はいつも通りの穏やかな顔をしていた。
それが私の幼少期の日常である。
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