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第1章・泣き止まない我が妃へ(ルナス視点)
15・君に捧げる花の色⑤
しおりを挟むその日、俺は少し早い時間に塔に向かった。
いつもは夕食もすっかり終わって、あとはもう寝るだけ、というような時間に向かう。
勿論、早く向かえる時は早く行くけど、そんなのはごくごく稀なこと。
花を、持っていった。
1輪。
今日はオレンジの花。明るい太陽の色。
いつか。陽の当たる庭で。泣いていない彼を見ることが出来たなら。そんな祈りを込めた花だった。
匂いはほとんどしない花。
別に気配を殺したわけではなかった。
ごくごく普通に塔を昇って。
塔の中と外を隔てる扉は結界も張ってあって、防音も成されているのだけれど、塔の内部はそうではない。
階段部分とリュディがいつもいる今のような部屋とを区切り扉も、それほど分厚くはなく、勿論、脆かったりはしないのだけれども、耳をすませば話し声ぐらいは、途切れ途切れに聞こえてくる程度の薄さをしていた。
なお、寝室と水回りにはそれなりの防音が敷かれているのだけれども、それは入浴中の音などが響かないようにされているだけである。寝室に関しては寝室なので。
元々過去の王妃の使用していた塔なのだ、用途など知れようというものだろう。
とにかく、そんな具合だったので、階段を昇りきって今にも扉を開けようとした時に、その話し声が聞こえてきたのだった。
ぴたと、扉にかかった手を止めたのは、聞こえてきたのが俺といる時はあまり話さないリュディの声だったからだ。
いつも聞こえるか聞こえないかの微かな涙声で、俺の色々なことを告げるリュディの、それは初めて聞く、涙に震えていない声だった。
もちろん、扉越し、はっきりと聞こえてきたわけではない、だけど、
「……! ――っ、……でしょ、……――もぉ! ユセアナ、愛してる! ……――、……」
俺は知らず、固まっていた。
愛して、いる?
ユセアナというのは侍女だ。元公国からリュディが連れてきた。
ここに到着してからも共に塔へと入り、常にリュディと過ごしている。それなりの年齢だったはず。
その侍女を?
愛している。
そう言っていた。
間違いなくリュディの声だった。
この部屋の中にはリュディと件のユセアナ、そしてリュディが産み落としたばかりの俺との子供しかいないはず。
子供は寝ていたのだろう、泣き声はしなかった。でも、何度も聞いたことのあるユセアナの声ではなかったし、何より俺がリュディの声を聞き間違えるはずがない。
前後の言葉はあまりに途切れがちで、何を話しているのかよくわからなかったので、どういった話の流れでそんな発言に至ったのかはわからない。侍女の応えもまた。
俺は極力音を立てないように扉から離れ階段を下りた。
そうすることしかできなかった。
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