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しおりを挟む俺が知っていることなんて、全くもって多くない。あらゆることがやはり、ぼやとかすみがかったように思い出せないままだった。
この国の名前、俺自身の立場、そして、今、目の前で項垂れている男のこと。
男は、名をストリシュタと言うらしい。ストリシュタ・アモラセシエ。この国の王太子であり、俺ことリンディファシア――……ディファの伴侶。
ディファは公爵家の出で、男は俺から見ると従弟甥になるのだとか。俺は男の父親、現国王と従兄弟同士となるらしい。
なんでも、俺は10人もいる姉弟の末っ子で、その所為もあり、世代が変わってしまっているのだと。
聞けば1番上の姉とは親子でも不自然ではないぐらい歳が離れているのだと言う。つまり姉が国王と同年代となるのである。
侍従長は当たり前の顔でさらと告げてきていたが、それだけですでに俺には飲み込みづらい話だった。
そんな立場の俺が、なぜこの男、ストリシュタの伴侶となったのか、それは単純に幼少期のストリシュタが望んだが故であり、数か月前のストリシュタの成人を待って、もうこれ以上は我慢できないというストリシュタを受け入れる形で、事実だけでもと取り急ぎ、伴侶となったらしい。
件の女性がこの国に留学してきたのは、その矢先のことだったという。
これからディファと蜜月を過ごそうとしたところに水を差されたのもあるのだろう、女性のことなど捨て置けというストリシュタを宥め賺し、その時にすでに懐妊していたのもあり、ディファは事を荒立てるのを厭い、穏便に色々なことを終わらせるべく、この数ヶ月、ストリシュタにも我慢を強いて、動いてきたのだそうだ。
その集大成とも言えるのが今日、先ほど開かれていた夜会だったのだと侍従長に告げられた。
俺はそれらの話をさらと一通り聞いただけで、全く詳しくなどわからなかったが、何もかもが受け入れられず、理解も出来ず。ただ、状況として、ここから離れられないのかと、それだけを確かめていて、そこへ男が戻って来て、の今だった。
侍従長は淡々と事実を告げるだけだったので、俺は実感も何も湧きようがなかったのだが、あの女性の隣にいることは、よほどストリシュタにとって耐えがたいものだったということなのだろう。
それを、俺は知らずとは言え台無しにしてしまったのか。
けれど、それがわかった所で、俺に何が出来たというのだろう。
何も知らず、わからず、突然あんな場面に行き当たることとなった俺に、いったい何が。
俺の中に憤りと、同時になんとも言えないやるせなさが渦巻いていく。
俺は項垂れるストリシュタを見つめ続けた。
ぎゅっと唇を噛みしめ、どうすればいいのかすらわからない感情を、ただ、持て余すことしか出来ず、どうしようもなく男の後頭部を見つめ続ける。
カチコチと時計の針が、静まり返った空間を際立たせるかのように響いていた。
そっと、その音の方へと視線を向けるとそこにあったのは初めて見るのではないかと思う程、立派な柱時計で、反面、見慣れ、慣れ親しんだ文字盤や表示に、異世界と言っていたが、時計は同じなのかと、そんな、どうでもいいことをぼやっと思ってしまう。だからなのだろう。
「……ファ……」
ストリシュタの様子が変わったことに、俺は一瞬、気付けなかった。
「え?」
それでも、名を呼ばれたような気がして、顔を上げて、そして。目を見開いて驚く。
いつの間にまた立ち上がったのか、ストリシュタが目の前まで近づいてきていた。
「ディファ」
そして、ゆらと、俺を、否、ディファの名を呼んで。
「ああ、ディファ、ディファ」
ぬっと男の手が伸びてくる。俺はその瞬間、どうしてか、ぞっと恐怖した。
ストリシュタの様子が、どう見ても尋常じゃなかったからだろうか、それとも、なにがしかの予感でもあったのか。
「ああ、ディファっ……!」
「なっ、ちょ、やめっ……!」
思わず咄嗟に身を捩ったのだけれど、覆い被さってきた男の手に捕えられ、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「ディファ、ディファ、ディファっ! ああ!」
抗う俺に構わず、男の手が俺の頭をわしづかみ、そして。
「んっ?! んんっ……!」
次の瞬間には俺の唇は、男のそれで、ぐいと塞がれてしまっていたのだった。
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