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しおりを挟む俺はおもむろに腕を組んで、じろりと男を見上げ、ぎゅっと眉根を寄せてやった。
男が座らずに立ちっぱなしなのに対して、俺はソファに座ったまま。自然、見上げる状況となったのだが、男はやはりでかかった。
「そうは言っても、残念ながら覚えていないからな」
もともと俺の方から言い始めた話だったのだと言われても、全く何もピンとは来ない。
と、言うかこの男、俺に関する報告だとかは何も聞いていないのだろうか。
何せ誰の目にも明らかなほど、俺の様子はおかしかったはずだ。
今、俺がいるこの国はアモラセス王国というらしく、この男はこの国の王太子なのだそうだ。ならば報告ぐらい、誰かしらから受けていそうなのだけれど。
俺が疑問に感じたことの答えは、返された言葉で知ることとなった。
どうやら男も、俺の今の状態を把握していないわけでもないらしい。
「ああ、そんな、まさかそこまで覚えていないのか?!」
つまり、記憶に支障が出ていることは知っていたが、程度までは把握していなかったということなのだろう。
「そこまでも何も……覚えていることなんてむしろ何もないぞ」
否、思い出せたこともあるとは思う。思うがそれはひどく断片的で、自分でも掴みきれなかった。
そもそも、この国のこと、この男のこと、何より自分のことでさえ、先ほど侍従長に聞いた以上のことは何もかもがわからない。
「さっき、この国の国名とあんたの立場、それと俺自身については聞いたけどそれだけだ」
王族だとか貴族だとか。そんなもの、記憶のどこを探しても身近ではなく、やはり何もかもに実感がわかなくて。
俺の返事に、男は愕然とした顔をして、
「そんな……」
と、小さく呟き、ふらとよろめいたかと思うとそのまま、向かい側のソファへとドスンと、身を投げ出すようにして腰かけた。
全く力尽きてしまったかのように放心しているのが見て取れる。
見ていて心苦しくなるような憔悴した様子は、俺の罪悪感を疼かせた。
だが、だからと言って、すぐに色々なことを思い出せるわけもない。今、俺に出来ることが何かあるとも思えなかった。
どれぐらいそのまま、気まずい気持ちで男を眺め続けただろうか。
乱れた金髪が、部屋の灯りを反射してキラキラと瞬いていた。
こんな姿さえ絵になるな、なんて、ぼんやりと思う。
そして、俺は俺で考えを巡らせていく。
この国のこと、この男のこと、何より俺自身のことへと。他に誰も言葉を発しない部屋の中で、俺と男は向かい合わせに座ったまま、互いに自分の思考へと沈み込んでいくばかりだった。
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