4 / 8
03
しおりを挟む俺はおもむろに腕を組んで、じろりと男を見上げ、ぎゅっと眉根を寄せてやった。
男が座らずに立ちっぱなしなのに対して、俺はソファに座ったまま。自然、見上げる状況となったのだが、男はやはりでかかった。
「そうは言っても、残念ながら覚えていないからな」
もともと俺の方から言い始めた話だったのだと言われても、全く何もピンとは来ない。
と、言うかこの男、俺に関する報告だとかは何も聞いていないのだろうか。
何せ誰の目にも明らかなほど、俺の様子はおかしかったはずだ。
今、俺がいるこの国はアモラセス王国というらしく、この男はこの国の王太子なのだそうだ。ならば報告ぐらい、誰かしらから受けていそうなのだけれど。
俺が疑問に感じたことの答えは、返された言葉で知ることとなった。
どうやら男も、俺の今の状態を把握していないわけでもないらしい。
「ああ、そんな、まさかそこまで覚えていないのか?!」
つまり、記憶に支障が出ていることは知っていたが、程度までは把握していなかったということなのだろう。
「そこまでも何も……覚えていることなんてむしろ何もないぞ」
否、思い出せたこともあるとは思う。思うがそれはひどく断片的で、自分でも掴みきれなかった。
そもそも、この国のこと、この男のこと、何より自分のことでさえ、先ほど侍従長に聞いた以上のことは何もかもがわからない。
「さっき、この国の国名とあんたの立場、それと俺自身については聞いたけどそれだけだ」
王族だとか貴族だとか。そんなもの、記憶のどこを探しても身近ではなく、やはり何もかもに実感がわかなくて。
俺の返事に、男は愕然とした顔をして、
「そんな……」
と、小さく呟き、ふらとよろめいたかと思うとそのまま、向かい側のソファへとドスンと、身を投げ出すようにして腰かけた。
全く力尽きてしまったかのように放心しているのが見て取れる。
見ていて心苦しくなるような憔悴した様子は、俺の罪悪感を疼かせた。
だが、だからと言って、すぐに色々なことを思い出せるわけもない。今、俺に出来ることが何かあるとも思えなかった。
どれぐらいそのまま、気まずい気持ちで男を眺め続けただろうか。
乱れた金髪が、部屋の灯りを反射してキラキラと瞬いていた。
こんな姿さえ絵になるな、なんて、ぼんやりと思う。
そして、俺は俺で考えを巡らせていく。
この国のこと、この男のこと、何より俺自身のことへと。他に誰も言葉を発しない部屋の中で、俺と男は向かい合わせに座ったまま、互いに自分の思考へと沈み込んでいくばかりだった。
79
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる