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しおりを挟む「ディファ! さっきのはいったい何だ!」
程なくして、怒鳴り込むような剣幕で入室してきた男へ、俺はぎゅっと顔を顰めた。
誰か、などそんなもの、そちらを見なくったって間違えるわけがない。
そもそも、男が近づいてきていたのはわかっていたのだからなおのこと。
声に聞き覚えもあった。
そもそも、俺がこの場所、世界? で気が付いてから耳にした声などそれほど多くはなく、精々が先程説明してくれていた侍従長を含めても五人分ほど。そんな中でも一番印象深い声を、こんな短時間で忘れてしまえるわけもなく、当然、聞き間違えたりなんてしない。
何よりどうしてか、妙に耳に馴染むような気もした。まるでこれまで、何度も聞き続けてきたかのように。
そこで思い至ったのは、さきほど侍従長が言っていた、徐々にこちらの世界で生きてきた記憶も思い出していくだろうという話。なるほど、この男の声に馴染みを覚えるのはその所為かと。
「ディファ!」
俺が男の方へと意識を向けなかった為か、俺の名前なのだろうものを怒鳴りながら、男がずんずんとこちらへ近づいてきているのだろう気配を感じた。
そこで俺はようやくそちらへと顔を向けた。
扉が、向きとしては、俺の横側にあったので、男は必然、そちらから近づいてきていたのだ。
改めて目にした男に抱いた印象は、やはり何処までも男前だな、というものだった。
先程はキレイに撫でつけられていた金色の髪が、よほど急いでここまで来たのか、額に幾筋も流れ落ちてきている。
いつもはもう少しばかり、乱れないように気を付けているのに珍しい。こんなに明確に取り乱すなんて。たとえ見せ掛けであったとしても、泰然とした態度を保つようにと、何度も注意してきたつもりなのだけれど。
もっとも、そんなところも可愛らしくて愛しいのだけれど。
そこまで思って、俺はぎゅっと眉をひそめた。なんだ、今の思考は、と。
この男が、可愛い? どこがだ。
かっこいい、なら、全く迷いなく同意できるとして、可愛いは流石にわからない。
俺は深く溜め息を吐く。
なるほど、これがこちらの世界で生きてきた記憶とやらか。記憶どころかこんなもの、意識ごと乗っ取られているようなものじゃないか。
面白くない気持ちを全く隠さない俺の表情を目にして、目の前まで歩み寄ってきていたらしい男は、愕然と目を見開いていた。
「ディ、ディファ? いったいどうしたというのだ。お前が言う通りに、俺はあの女の相手をしてきたのだぞ? そもそも、反対する俺を説き伏せて、今日のことを予定立てたのはお前だったじゃないか。後々、禍根になりそうなものは早々に取り除いてしまった方がいいと言って。お披露目の前に、と……」
先程までの剣幕はどうしたというのか、男は声を情けなく揺らしていて、俺は内心でふむ、と小さく頷く。この様子は確かに、可愛らしく思えなくもないな、と。
はからずも先程、知らず感じていた、こちらでこれまで生きてきたという自分自身の意識に、同調するかのように。
見える場所に控え、色々と説明してくれていた侍従長が、静かに脇へと退いたのが、視界の端にちらと移った。
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