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 通された部屋は、なんだかやたらと豪華だった。
 先程までいたやたらと広いホールか何かのような場所も、ちかちかするぐらい煌びやかで、それはもう、見たこともないような華美な装飾にあふれていたのだが、ここはそれ以上だ。
 目の前には、執事か何かようなかっちりした服装の男が一人。
 聞けば王太子付きの侍従長とのこと、おそらく役割的には執事であっているのだろう。
 たった今俺に、諸々の説明をしてくれた相手である。
 壮年の男で、渋いおじさま、とでも言えばいいのか、かっこいいと言って相違ない容姿をしていた。
 そしてそのまま、苦み走った顔を隠さない。

「つまり、俺はここ・・から出られないと?」
「少なくとも今は、他の場所に移動なさるのは得策ではおありにならないかと」

 ここ・・、とはつまり、王宮なのだという、この場所そのものを指す。
 その上、連れて来られたこの部屋は王太子の私室であり、同時に俺自身の私室でもあるのだそうだ。
 意味がわからない。俺はいったい何で、どういった立場だというのか。
 否、たった今教えられたばかりなので理解はしている。
 曰く、先程俺に婚約破棄だとかを突きつけてきていた金髪の美丈夫がこの国、アモラセス王国の王太子で、俺はそんな彼の婚約者、どころか、お披露目こそまだだが、すでに伴侶、王太子妃となっていて、しかも妊娠中なのだとか。
 わけがわからなかった。言葉の意味自体が分からないというのではない、その内容についていけないのだ。
 何もかもがわからない。
 侍従長は、明らかに様子がおかしいだろう俺を見て、俺の状態を言い当てた。
 もしや、今、この場所、この世界以外で、生きていた記憶があるのではないかと。急にそれらが甦ったのではないのか、と。
 思わず誤魔化せず首肯した俺に、説明してくれたことは、この世界ではそう言ったことが起こり得ること、記憶の混乱が生じることもおかしくはなく、けれど徐々にこの世界で生きてきた、いわゆる今世の記憶とやらも思い出すだろうということだった。同時に、思い出せなくとも、今の状況を変えるのは得策ではないのだとも。
 殊勝な態度を崩さない侍従長が、嘘を吐いているようには見えなかった。
 誰かが俺を担ごうとしているとも思えない。
 なにせこの場所はあまりに豪華で、建物自体は勿論、細々とした調度品に至るまで、偽物や張りぼてなどのわけがなく、俺一人を騙すとしたら、あまりにも手が込み過ぎている。
 何より、感覚的に不思議とこの場所がなじむようにも感じられて。この部屋が王太子の私室であると同時、共同で使用している、俺自身の私室でもあるのだということが、納得できるような気がした。
 ならば、受け入れざるを得ないのかと溜め息を吐く。
 何をって? 今、この状況の全てを、だ。

「詳しいお話し合いなどは、是非、殿下と直接なさってください。おそらく、ほどなくしてお戻りになられるでしょうから」

 あの、殿下とやらの隣にいた女性さえ、当たり障りなく遠ざけられ次第、戻ってくるだろうという言葉に、俺は不承不承頷く。
 ちらと窺った扉の辺りには、兵士なのか騎士なのか、武装した者たちが数人。彼らを振り切って何処かへ行けるとは思えない。
 実際、ここへ連れて来られる時も、乱暴にこそされなかったが、瞬く間に行く手を阻まれて、碌な抵抗も出来なかった。
 何より、ここを出てどこへ行けるのかもわからずに、いったいどうするというのだろう。
 そこまで無謀な行動をとる気もすっかり失せていて。
 案内され、促されるまま腰かけた、座り心地の良いソファに深く体を預けもたれかかる。
 絞り出すよう吐き出した深い深いため息を、咎める者は誰一人としていなかった。
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