婚約破棄が狂言なんて、そんなの俺に言われても。

愛早さくら

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00・プロローグ

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 その日、俺はいつも通りベッドに入り、まぶたを閉じ、眠りについた……――はずだった。
 なのにこれは一体どういうことなのか。
 目を開けた瞬間、飛び込んできたのは見たこともない、ちかちかするぐらい煌びやかな空間で。
 目の前にはこちらに指を向けてくる男。
 男は、芸能人でもちょっと見かけない、物凄い美形だった。
 ざっと見る限り、190に届くんじゃないかというぐらいの長身と、男らしく逞しい体躯。
 胸の分厚さが羨ましい。
 オールバックにされた、後ろに流した髪は短すぎず長すぎず。眩いばかりの金色で、その髪色が示す通り、西洋人らしい顔立ちは堀も深く。瞳は澄んだ翠色。
 新緑の色だ。
 多分イケメンという言葉でも足りないだろう。
 一瞬、ついうっかり見惚れそうになる俺を引き戻したのは、他でもないその男自身の眉間にぎゅっと寄せられた眉。
 え、なんか怒ってる?
 わからない。
 そもそも、この状況もわからない。
 なんだこれ。いったい此処はどこなのか。
 全く何もかもについていけていない、驚くだけの俺を置いて、男がくわっと口を開く。

「リンディファシア・ランゲフィス、お前に婚約破棄を言い渡す!」

 男が告げた名前らしきものは、これまで聞いたこともない名前だった。
 リンディファシア・ランゲフィス?
 誰だそれ。
 思わず辺りをきょろきょろと見まわしてしまう。
 リンディファシア・ランゲフィスなる人物が、もしや俺の後ろなどにいるのかと思って。
 ぐるっと後ろにまで振り返るが、後方に人はいれど距離があり、というか、周囲全部に俺は注目されているようだった。
 待て、本当にどういう状況なんだ、これは。
 そんな俺の様子が不審だったのか、男の方へと向き直ると、男の顔はますます険しく、怒りをあらわにして見えて。

「リンディファシア?」

 厳しく、また先程の名前のようなものを口にする。
 聞いたこともないその響きは、やはりこちらを指しているようにしか思えず、どうやら俺の名前のようだと、察せざるを得なかった。

「リンディファシアさん……」

 と、これまで気づかなかったが、男に寄り添うような距離にいた一人の女性が、やはり不安そうに同じ名を控えめに呟く。
 こちらもおそらくはひどく愛らしい顔立ちをしているのだろうが、男の隣に立っていると、なんだか普通だという印象が拭えなかった。
 多分、だからこそ今の今まで気づかなかったのかもしれない。
 男にばかり視線が行っていたから。
 女性の視線もまた、こちらへと注がれていて。
 ああ、本当に全く、これはいったいどういう状況なのだろう。
 夢か? 夢なのか?
 多分夢だな。わけがわからないし。
 で、今、男はなんと言っていた?
 婚約破棄?
 なるほど。なるほど?
 誰と誰の。
 女性に目を向ける。
 途端、ひっ、なんてわざとらしく小さな悲鳴を上げて、怯えたような様子を見せた。
 なんだよ、こっちがいじめたみたいじゃないか。俺、なんもしてないだろ。多分、きっと。
 いや、わからないけど。
 思わずむっと、眉間にしわが寄る。
 婚約破棄、というからには婚約していたのだろう。まさかこの男と、というわけはないだろうから、だとするとこの女性と、なのだろうか。
 初めて見る見ず知らずの女性と婚約?
 おかしな夢だ。
 そうとしか思えなかった。
 そして可愛らしい顔立ちのはずの女性には、まるっきり欠片も好感が抱けなくて。
 だから、構わない、そう判断する。
 今のこの状況がすでに分からないし、いったいどういう事情があるのか知らないが、どうせ夢だ、構うものか。
 婚約破棄? いいだろう、そんなものこっちからお願いしたっていい。だから。
 俺は笑った。渾身の笑みというやつで。

「ああ、わかった。婚約破棄だな。了解したよ」

 晴れやかに告げ、そのままなんとなく。

「じゃ、そういうことで!」

 と、その場を後にすることにした。
 どうしてか、そうしなければならないような気持ちになったのだ。

「なっ?! ディファ?!」

 さて、出口は何処かと踵を返す視界の端で、男が驚愕に目を見開き、戸惑いも隠せず俺の愛称らしきものを呼んでいたのはわかっていたけれども。
 ちっとも構う気にならず振り切った。

「ま、待て!」

 そう呼び留められても、待つわけがない。
 見つけた出口らしき方向へ、俺は迷わず歩みを進める。
 周囲からはやはり驚愕と戸惑いらしきものばかり伝わってきたけれど知ったことか。
 そもそも、俺には何もかもがよくわからないのだから。
 びっくりするぐらい広かったらしい会場を、足早に突っ切って外に出た。
 夢なら早く覚めてくれ、そう思いながら。
 はっと気づいたように慌てて止めてこようとした幾人かを振り切って、ようやく一歩踏み出した外は、やはり知らない場所だった。



 だって知らなかったのだ。
 まさかあの婚約破棄自体が、女性にボロを出させる為の狂言だったなんて。
 俺が婚約していたらしい相手が、女性ではなく男の方だったなんて。
 おまけに、は? 俺は今、妊娠している? 男なのに? しかもこれは全く夢じゃなく現実? ここは異世界で、俺のこの記憶や意識は前世のもの?
 そんなもの、まったく知るわけがないだろう!
 色々ひっくるめた全部の説明を受けたのは、会場を出てすぐ、兵士らしい人達に捕まって、恭しく連れていかれた先でのことだった。
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