婚約破棄が狂言なんて、そんなの俺に言われても。

愛早さくら

文字の大きさ
上 下
1 / 8

00・プロローグ

しおりを挟む

 その日、俺はいつも通りベッドに入り、まぶたを閉じ、眠りについた……――はずだった。
 なのにこれは一体どういうことなのか。
 目を開けた瞬間、飛び込んできたのは見たこともない、ちかちかするぐらい煌びやかな空間で。
 目の前にはこちらに指を向けてくる男。
 男は、芸能人でもちょっと見かけない、物凄い美形だった。
 ざっと見る限り、190に届くんじゃないかというぐらいの長身と、男らしく逞しい体躯。
 胸の分厚さが羨ましい。
 オールバックにされた、後ろに流した髪は短すぎず長すぎず。眩いばかりの金色で、その髪色が示す通り、西洋人らしい顔立ちは堀も深く。瞳は澄んだ翠色。
 新緑の色だ。
 多分イケメンという言葉でも足りないだろう。
 一瞬、ついうっかり見惚れそうになる俺を引き戻したのは、他でもないその男自身の眉間にぎゅっと寄せられた眉。
 え、なんか怒ってる?
 わからない。
 そもそも、この状況もわからない。
 なんだこれ。いったい此処はどこなのか。
 全く何もかもについていけていない、驚くだけの俺を置いて、男がくわっと口を開く。

「リンディファシア・ランゲフィス、お前に婚約破棄を言い渡す!」

 男が告げた名前らしきものは、これまで聞いたこともない名前だった。
 リンディファシア・ランゲフィス?
 誰だそれ。
 思わず辺りをきょろきょろと見まわしてしまう。
 リンディファシア・ランゲフィスなる人物が、もしや俺の後ろなどにいるのかと思って。
 ぐるっと後ろにまで振り返るが、後方に人はいれど距離があり、というか、周囲全部に俺は注目されているようだった。
 待て、本当にどういう状況なんだ、これは。
 そんな俺の様子が不審だったのか、男の方へと向き直ると、男の顔はますます険しく、怒りをあらわにして見えて。

「リンディファシア?」

 厳しく、また先程の名前のようなものを口にする。
 聞いたこともないその響きは、やはりこちらを指しているようにしか思えず、どうやら俺の名前のようだと、察せざるを得なかった。

「リンディファシアさん……」

 と、これまで気づかなかったが、男に寄り添うような距離にいた一人の女性が、やはり不安そうに同じ名を控えめに呟く。
 こちらもおそらくはひどく愛らしい顔立ちをしているのだろうが、男の隣に立っていると、なんだか普通だという印象が拭えなかった。
 多分、だからこそ今の今まで気づかなかったのかもしれない。
 男にばかり視線が行っていたから。
 女性の視線もまた、こちらへと注がれていて。
 ああ、本当に全く、これはいったいどういう状況なのだろう。
 夢か? 夢なのか?
 多分夢だな。わけがわからないし。
 で、今、男はなんと言っていた?
 婚約破棄?
 なるほど。なるほど?
 誰と誰の。
 女性に目を向ける。
 途端、ひっ、なんてわざとらしく小さな悲鳴を上げて、怯えたような様子を見せた。
 なんだよ、こっちがいじめたみたいじゃないか。俺、なんもしてないだろ。多分、きっと。
 いや、わからないけど。
 思わずむっと、眉間にしわが寄る。
 婚約破棄、というからには婚約していたのだろう。まさかこの男と、というわけはないだろうから、だとするとこの女性と、なのだろうか。
 初めて見る見ず知らずの女性と婚約?
 おかしな夢だ。
 そうとしか思えなかった。
 そして可愛らしい顔立ちのはずの女性には、まるっきり欠片も好感が抱けなくて。
 だから、構わない、そう判断する。
 今のこの状況がすでに分からないし、いったいどういう事情があるのか知らないが、どうせ夢だ、構うものか。
 婚約破棄? いいだろう、そんなものこっちからお願いしたっていい。だから。
 俺は笑った。渾身の笑みというやつで。

「ああ、わかった。婚約破棄だな。了解したよ」

 晴れやかに告げ、そのままなんとなく。

「じゃ、そういうことで!」

 と、その場を後にすることにした。
 どうしてか、そうしなければならないような気持ちになったのだ。

「なっ?! ディファ?!」

 さて、出口は何処かと踵を返す視界の端で、男が驚愕に目を見開き、戸惑いも隠せず俺の愛称らしきものを呼んでいたのはわかっていたけれども。
 ちっとも構う気にならず振り切った。

「ま、待て!」

 そう呼び留められても、待つわけがない。
 見つけた出口らしき方向へ、俺は迷わず歩みを進める。
 周囲からはやはり驚愕と戸惑いらしきものばかり伝わってきたけれど知ったことか。
 そもそも、俺には何もかもがよくわからないのだから。
 びっくりするぐらい広かったらしい会場を、足早に突っ切って外に出た。
 夢なら早く覚めてくれ、そう思いながら。
 はっと気づいたように慌てて止めてこようとした幾人かを振り切って、ようやく一歩踏み出した外は、やはり知らない場所だった。



 だって知らなかったのだ。
 まさかあの婚約破棄自体が、女性にボロを出させる為の狂言だったなんて。
 俺が婚約していたらしい相手が、女性ではなく男の方だったなんて。
 おまけに、は? 俺は今、妊娠している? 男なのに? しかもこれは全く夢じゃなく現実? ここは異世界で、俺のこの記憶や意識は前世のもの?
 そんなもの、まったく知るわけがないだろう!
 色々ひっくるめた全部の説明を受けたのは、会場を出てすぐ、兵士らしい人達に捕まって、恭しく連れていかれた先でのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...