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しおりを挟む何度も繰り返すが、俺は別にこれまでルニアとして過ごしてきた記憶が全くなくなってしまったわけではない。
ただ、意識と言えば良いのか、自認と言えば良いのか、が、どうしても前世に引きずられてしまっているだけで。
つまり、簡単に言うと、俺は自分自身のことを、単なる平凡な庶民でしかなかった前世と同じように、どうしても認識してしまうのだけれど、知識がないわけでもないし、マナーだとかに関しても、身に付いていることに関しては、自然と違和感なく熟すことが出来るということだ。
それは例えば書類仕事などに関しても言えて。
ついでに、どうやら俺は、頭脳面、と言えば良いのか、そういうものが悪いわけではないらしいとほっとする。
なにせ増やしてもらった、執務に関するどのような書類を見て、どうすればいいのかわからない、などと言うことがほとんどなかったのだから。
(知識みたいなものは、普通にあるな。と、言うか思い出すのに支障がない)
そう内心で呟いたりする。
にもかかわらず、何故か感覚だけ、前世を引きずってしまう。
それは改めて考えてみると非常に奇妙な感覚で、なのにどうしてか俺の中では違和感なく、混在しているものなのである。
前世に意識が引きずられたままなので、俺に変わらず気持ちを傾けてくれているラティのことに関して、どうしても例えばシェラとの仲のいい風景が見たい、などと言う欲望は、残念ながらなくなることはなかった。
しかし同時に見たくないと思う自分がいることも自覚せざるを得なくて、前世ではこれまで男性を恋愛対象として見たことはなく、その感覚をより強く引きずったままにもかかわらず、どうやら自分は改めて、ラティに、そういった意味で惹かれているようだと自覚せざるを得なかった。
そもそも、閨を共にする、つまり性行為をラティと行って嫌悪感を抱かない時点で、その理由などわかり切ったことだったような気もするけれども。
なのに傍観者でいたいとも思うのだから、この辺りの感覚もやはり奇妙に混在しているようだと思わざるを得ないのだろう。
それがいいのか悪いのかすら俺にはわからないのだけれど、しかし今更、ラティを拒絶するつもりもない。
気持ちの整理などが、きちんと全部つききったとは思えない。
だけど数週間。
はじめに、前世を突然思い出してからだとそろそろ一月ほどになる。
状況が落ち着くには充分な時間と言えただろう。
日増しにうっすらと、だけど確かに膨らんでくるお腹。
この中で子供が育っている。
男性だった前世からしてもあり得ないことだと思うのに、でも、今、自分のお腹の中にある子供の存在を、俺は愛しいと思うのだ。
無事、問題なく生まれてきて欲しいし、生れた後も健やかに育って欲しい。
全くもってあり得ない思考だとしか思えない、そんな部分も含めて俺の心の穴かはぐちゃぐちゃで、なのにそこまで混乱してもいないのは、いったいどうしてなのだろうか。
ただ、何かが足りない気がしていた。
そして足りない何かは、思い出せない記憶の中にあるとしか思えなかった。
「つまり結局、鍵はシェラってことかな……」
侍従という立場もあり、ラティよりいっそずっと俺の側にいるシェラ。
彼の献身も真心も、疑念が挟まる余地など何処にもないようにしか見えないのに。
それでも俺は、俺の中の欠けた何かをシェラが隠していると根拠もなく確信しているのだった。
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