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しおりを挟む俺も知らず同じように眉根を寄せる。
「そうだな。俺が思い出せたのは、今言ったように、シェラから聞いてた就職先ぐらいだな」
だけどシェラは今、ここにいる。
理由がわからない。
ただ、初夜が明けて、シェラが自分付きの侍従となったと知って。ひどく、安堵したのは覚えていた。
『ああ、よかった、これで……』
これで。
その先は何だったのだろうか。
記憶はぼやけて、思い出せない。
シェラが頷く。
「間違いありません。私の卒業後の進路は、今ルニア様がおっしゃられたように、実家の商会を手伝うというようなものでした」
貴族としてはありふれた進路だ。
後継以外の者の多くは、実家の関連している事業を手伝ったりなどする。
ごくごく一般的な話だった。
むしろそこから王宮で侍従となるだとか言うことの方が珍しい。
「きっかけはルニア様の婚姻式の際の夜会です。そこでルニア様と再会して、ご縁を頂いて、こちらに転職することとなりました」
そう告げるシェラに淀みはなく、だけどそれは同時につまり、件の夜会で何かがあったと、そう言っているに等しかった。
俺が思い出せない何かだ。
自分が険しく、顔を顰めているのが自分でもわかる。
「そのご縁ってのは、俺が見ていたっていう夢に関連するってことか……」
おそらくは前世と関連するのだろう夢。
いまだに思い出せず、しかしそもそも、シェラと知り合うきっかけになったのだという夢だ。
ルニアが怯えていたそれ。
婚姻式の際の夜会で、何かがあったというのか。
会場は王宮だった。
警備が厳重な王宮で護衛も多く控えているだろう王太子妃にいったい何が。
シェラは首を縦に振って、俺の言葉を肯定する。
「ええ、おそらく、それで間違いないかと思います。その際に殿下からお話を頂いたのです。僕はお受けしました」
それでこちらへと。
「……実家の商会で何か?」
問題でもあったのだろうか。それで次の仕事を探していただとか?
タイミングが良かっただけだというのならなくもない。
だけど、覚えている限り、シェラの実家の商会というものに取り立てて問題などなかったと思うし、シェラもシェラで、周囲の人間と軋轢を生じさせるような人間性などしていない。
案の定シェラも首を横に振る。
「いいえ、そういうわけではございません」
何か問題が起こっていたわけではない。
「ですが、こちらへと就職する方が、栄誉なのは確かですね」
王宮への就職、しかも王太子妃専属の侍従に就任するなど、シェラのような低位貴族の者からすると、これ以上ない就職先であることは確かだった。
だが元から目指していたわけではないことを踏まえると、やはり違和感は拭えず。
「……その、夜会で。何があったのか、聞いても?」
思い出せない何か。ルニアは知っているはずのそれ。
途端シェラが困ったように顔を歪めた。
聞かれたくない。そんな心情がわかりやすく現れたその表情を見て、俺は小さく溜め息を吐く。
シェラを、困らせたいわけじゃなかった。
「いや、いい、やっぱり聞かないでおく」
シェラが答える前に前言を撤回する。
なんにせよ、俺が思い出せばいいだけの話なのだろう、そう思って、もう一度、映像の再生を始める。
「ルニア様……」
シェラはどこかほっとしたような顔で俺の名を呟いて、そして……――。
映像の中のラティは、やはりどこまでも、俺の心を奪うぐらいのかっこよさを誇っているばかりなのだった。
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