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07・現実逃避を試みる
しおりを挟むシェラの、
『出来るわけないでしょ、そんなこと』
と、言わんばかりの呼びかけの後、大方の予想を裏切って、昼になってもラティは戻って来なかった。
てっきり、また、ベッドに拘束されるのでは? と思っていた俺は、なんだか拍子抜けしてしまう。ただ。
「ルニア様、本日はお部屋から出ないようになさってくださいね。退屈かもしれませんが、お疲れであることは間違いないでしょうし、今日は一日ゆっくりと休んで、心と体を落ち着かせてください」
とも言われ、
(あれ? これって軟禁では?)
と、ちらと思った。
とは言え、部屋と言っても、寝室と、ラティやシェラと話した、応接セットのある広い部屋、それに風呂とトイレも直接行けるようについていて、何なら窓際は照らすと言えばいいのか、一部ガラス張りで、ちょっとしたサンルームのようにもなっていた。
閉塞感はまるでないが、しかし部屋から出られないのは事実。
拘束などをされているわけでもないけれど、シェラが基本的にはずっと傍で見張るように控えているようだし、他にも護衛が侍従なんかが数人付いているようだった。
今の、間違っても本調子ではない体調を抱えて、彼らをどうにかできるような気は自分でも全く一切しない。
何より無理に部屋から出たいだとかいうわけでもなかったので、
(まぁいいか……)
と諦めて、シェラが促すまま、ゆっくりと過ごすことにする。
寝室に戻ることだけは、断固として拒否させて頂いたけれども。
(いや、だって、寝室だぞ?! き、記憶がっ……!)
ラティとのあれやこれやが否が応でも蘇ってしまう。
より落ち着けなくなるとしか、思えなかったからだった。
シェラ以外の人の目がほとんどないのをいいことに、ソファに懐きながらだらだらとして過ごした。
なお、厳密にはシェラ以外の侍従や護衛なども部屋の隅や外に気配を薄めて控えているのだが、流石のルニアとでも言えばいいのか、彼らの存在は当たり前すぎてルニアの意識には上らなく、この時の俺も、全く気にもしていなかくて、後々思い返して、
(ああ、やっぱり俺は『ルニア』なんだな……)
なんて思ったりした。無意識、あるいは習慣というのは恐ろしいなと思わざるを得ない。
それはともかくとして、そもそも体調が思わしくないのは間違いなく、シェラもそれはわかっているのだろう、特に咎めたてられたりもせず、ラティから指示されているのは、『ルニアを部屋から出さないこと』、その一点であるらしく、
「ルニア様、お時間を持て余すようでしたら、何か本でもお持ちしましょうか?」
なんて提案されたりもした。
「んー、今はそういう気分じゃないかなぁ……ありがと」
と、いったん断って、だけどすぐにはっと気づく。
(ん? 本?)
と。
読書に限らず、何もする気が起きなかったのは本当なのだが、思い至ってしまったのだ。
(BLってこの世界にもあるのでは?)
なんてことに。
ルニアとしての記憶を思い出す限り、この世界では恋愛で性別などはあまり大きな意味を成さない。
特に子供を成すだとかに関して、性別の関係がないからだ。
ただし、好みだとかの問題で、お互いに異性を恋愛対象とする場合が多くはあるようではあるのだけれど。逆に言うと、『恋人』に異性を選ぶのはただの好みでしかないということである。
そういった背景を踏まえて、こちらで恋愛小説というと、登場人物の性別がさまざまであることが主流だった。
つまり、男同士や女同士、男女あるいはその逆などがごちゃ混ぜに描かれているのである。
(闇鍋か何かかな?)
とも思うがあながち間違っていないことだろう。
そしてこちらも好みの問題で、性別が固定されている書物も存在した。つまり。
(BLも普通にある!! 恋愛小説の中に!)
ルニアは、読書自体はそれなりにしていたようだけれども、恋愛小説の類は、あまり好まなかったらしい。
読んでいたのはもっぱら、歴史書や専門書、そうでなければ資料や、勉強の助けになるものばかりだったようで。
(真面目過ぎないか?)
と、思う程。多分単純に忙しかったというのもあるのだろう。恋愛小説などの創作物のように、いわゆる娯楽に分類される書物を嗜む余裕がおそらくはなかった。
なら、前世を思い出す前までのルニアがいったい日中、いったい何をしていたのかというと、それもやはり、勉強ばかりだった。
自主的に色々な知識を詰め込んでいた覚えがある。
あるいは国政とでも言えばいいのか、国内外のあらゆる情報を可能な限り把握していたようだ。
(少しでもラティ様のお役に立つために……)
なんて。健気どころの話ではない。
(いったい何をそんなに焦っていたんだろう……)
娯楽にも目を向けられないぐらいにルニアは常に焦燥感に駆られていた。
何かきっかけがあったと思うのだが、何故か思い出せなくて。
いずれにせよ、今の俺はルニアと同じような行動をとるつもりなどなく、それどころか。
「いや、シェラ、やっぱり読書する! あのさ、男同士主体の恋愛小説、とかも用意できるよな?!」
などと申し付けてみる。
シェラは俺が急に前言を撤回したことに驚いたのか、もしくはその発言内容があまりにも意外だったのか、目を大きく見開いて驚いていた。
「は、はい、もちろんっ、ご用意できますが……」
「なら、それ! 男同士なら何でもいいから、適当に見繕って持って来て! あ、シェラが直接持ってくるんじゃなくていいから、誰かに頼める? 面白そうなやつで!」
「面白そうなやつ? ですか……でしたら、おすすめ、ということでいくつか持って来てもらいますね」
一応、シェラには他にも仕事があるかもしれないと、直接探しに行ったりはしなくていいと付け足すと、シェラも、もとよりそのつもりだったのか軽く頷いて、近くに控えていた侍従の一人に言付けていた。
俺は部屋を出ていく侍従を目で追いながら、
(いやぁ、ラティとシェラのイチャイチャは見せてもらえなさそうだし、だったらせめて他でいいから楽しめればいいなぁ!)
多分、俺は疲れていたのだ。
ラティとのことばかり考えていて。昨夜、否、今朝までのあまりに爛れ切った閨のことを思い出したくなくて。
だからそれは、かんっぺきに意識を逸らしたい、あるいは現実逃避がしたいという欲求の表れだった。
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