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7・応接室

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 俺の言葉に、グローディはぽかんと驚いた顔をした。
 聞いておきながら、そちらを選択するとは全く思ってもいなかったというような顔だった。
 俺は少し胸がすっとする。
 グローディの予想とは違う行動は、つまり、間違いなく俺の行動だからだ。
 他の誰でもなく、俺自身。そんな風に思えて。
 俺はちょっと嬉しくなって、少しだけ顔を綻ばせた。
 グローディも次いでじんわりと微笑む。

「……わかりました。ではそうしましょう。ミーシュ。全て、貴方の思うとおりに。なら、まずは移動しましょうか」

 言いながら体を離したグローディが、すっとソファから立ちあがる。
 離れてしまったぬくもりが、なんだか妙に寂しくて寒かった。
 でも、手は掴まれたままで、そこだけはあたたかい。

「移動……しないとダメなの?」

 此処じゃできないのか。
 首を傾げる俺に、グローディは少し迷って口を開いた。

「出来なくはないですが……せっかくですから、寝室に行きましょう。そちらの方が、ミーシュにしっかりと魔力が注げます。どうぞ私に貴方のことを、大事にさせて下さい」

 そんな風に言われて、魔力を注ぐという行為は、寝室で行った方が大切に出来る何かなのだと知った。
 グローディがそういうのなら、別に元よりこの部屋にこだわっているわけでもない。

「ミーシュ」

 促すように手を引かれ、続けて立ち上がる。
 そうしたらどうしても、膨らんだ腹が目に入った。お腹が突き出ている所為で足元が見えにくくて不安になる。
 思わず視線を落とした俺に、グローディは気付いたらしく、

「大丈夫ですよ。私が支えますから。さぁ」

 言葉の通り、ぴたりと俺に寄り添って、柔らかく俺を支えてくれた。
 グローディと再度、触れ合えて。触れ合えた所はやはりあたたかくて。俺はほっと、安堵の息を吐いた。
 足元ぐらい見えなくたって、きっと大丈夫だ、そう感じる。
 俺はただ、グローディに身を委ね、促されるままに進めばいい。
 グローディはゆっくりと、俺の負担にならない速度で足を進め、部屋の外へと続いているのだろう、子供たちが出ていったのと同じ扉へ向かう。
 俺はそこでようやくきょろと部屋を見回した。
 当たり前に初めて見る部屋で、部屋の中にある調度品全てが、なんだかひどく高級そうに見えた。
 とは言え、全体の雰囲気としては落ち着いていて、居心地は悪くなさそうにも見える。
 俺は先ほどまでソファに座っていたようなのだけれども、それは部屋のほとんど中央にある、応接セットの一角であるらしかった。
 グローディの誘導に従って、部屋を出る直前、ちらと見た、扉と反対側についていた、外へと続いているのだろう、ガラス扉の向こうは真っ暗で、どうやら今は夜らしいと知る。
 もっとも、わかったのはその程度で、実際に今が何時ぐらいなのだろうかだとかは、今の俺には全くわからないままだった。
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