75 / 148
幕間
x1-4・公女の顛末④
しおりを挟むそれでは、あの結界は、ノルフィの実際の行動にかかわらず、認識によって効果が変わるということだ。
「で、でも、あれを害と思わないなんてっ……!」
そんな人間が果たして存在するのか。
なにせノルフィは、連れ去られた王弟がどんな目にあわされる予定であるのか。察せられる程度には、知らされているのである。
あんなまだ成人もしていないような少年に、と思わなかったわけではない。それでも、それが必要なのだと思っていたからこそ、ノルフィは宰相の企みを止めなかったのだ。
それを、害することと認識しない?
それこそ、ノルフィの感覚では異常と言わざるを得なかった。
「ナウラティスの結界に引っかかることは、何も悪いことではないんだ。ある意味では普通と言っていい。悪意や害意を、きちんとそうと認識している。それは決しておかしなことではないんだ、ノルフィ。罪悪感を抱いて、害意を理解していた、そんなお前の感覚を、私は誇ってもいいとさえ思っているよ」
ノルフィは、視界が滲むのを止められなかった。
父は、今ではもう、ノルフィをすでに許しているのである。剰え認めてくれている。
「例えばノルフィ。先程聞いた陛下のなさっていたことを、お前は殿下が害されていたと思っただろう」
それは正しく先程のノルフィが感じたことだった。
あの皇帝は、あんなにも愛し気に触れている相手である王弟を害し続けてきているのだ。だが。
「お二人はね。あれを害意だとは認識していないんだ。陛下は害していたとは思っていないし、殿下も自分が害されてきたとは受け取っていない。私にはまったく理解できない感覚だが、双方がそうではないと認識している以上、陛下が殿下になさっていたことはナウラティスの結界には抵触しない。悪意や害意とは見なされない。わかるかい? あの国の結界はね、悪意や害意はあくまでも認識によって判断される。実際の事象や行動には左右されないんだよ」
逆に言うと、どのような行動であっても、それを悪だとも害だとも認識していなければ、妨げることが出来ない結界なのだ。
勿論、今回の件で言えば、例えば皇帝の行動を、王弟が害されたと認識してしまえば、次に皇帝はきっと、結界に弾かれることも出てきた可能性が非常に高かった。だが、そうはならなかった。他でもない王弟自身が、自分が害されたのだと認識しなかったからだ。
わけがわからなかった。
ノルフィには理解できない話だった。ただ、自分が彼の国では過ごしていけないのだろうということだけはあまりにも明白すぎる事実で。そして。
「陛下は、お前に具体的な罰をお与えにならなかった。指示もだ。何も頂いてはいない。だが、だからと言って、お前を罰さないだなんてわけにはいかない。わかるね? ノルフィ」
父の声は疲れ切っている。あるいは、どうしようもない諦念に塗れて。
「……は、い……」
ノルフィは震える声で頷いた。
わかっていた。自分のしたことが、どういうことであったのか。何か、具体的な行動を起こしたわけではなくても、わかっていて見逃した、あるいは理解していながら加担した。それは充分に罪に問われる行為だったのだ。
それでなくとも、王弟に対する態度や暴言だけでも、罰せられる理由になり得た。
「だが、かと言ってあまりに過剰な罰は、あの様子では今度は殿下がお許しにならないだろう」
王弟は最後にはノルフィに非常に同情していた。おそらく罰こそ必要ないとさえ考えていそうな様子だった。だが、そういうわけにはいかないのが実情で。
「ノルフィ。お前をこのまま公女という身分で置いておくことはできないだろう。だから市井へ」
平民として、今後を過ごさせる。
それはきっとこれまで公女としてしか過ごしてこなかったノルフィにとって、しっかり罰になり得るはずだ。
ノルフィは。それをおとなしく受け入れた。幽閉や強制労働等ですらなく、言うならばただの追放だ。それも国からではなく、王城からのみで、市井に下った後はノルフィ次第。細かい取り決めはこれからになるが、今のノルフィならば、おそらく、そうひどいことにはならない。
それは間違いなく、彼の王弟からの慈悲だった。
11
お気に入りに追加
1,571
あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる