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第一章・リーファ視点
1-54・知らない誰か②
しおりを挟む誰だかわからない足の持ち主である男は、その場から一歩も動かず、だが、僕をじっと見降ろしているのだろう視線は感じた。
否、これは近づいては来られないのかと思い至る。
そう言えば僕には守護結界が張られているのだった。近づけるはずがない。
え、だったらもしかして僕はこのまま、這いつくばっていなければならないのだろうか。それはちょっと嫌だなぁとぼんやり思う。
ここがどこなのかはさっぱりわからないけれど、早く戻らないと義兄上が心配する。
今日はこれから夜会もあるし、準備もしないと。
腕は……これは多分、足も縛られているみたいだから、足も。自分ではすぐにとけなさそうだから、このままになってしまうけれど、きっと会えさえすれば義兄上が解いてくれるはず。よくわからないけれど、この誰だか知らない男の人にこれ以上付き合う義理はないし、何より臭いし。だから僕は、早く元居たお部屋に戻ろうと、転移魔法を使うことにした。否、そうしようとした。だけど。
「おい」
男が誰かに指示を出した声が聞こえてきて。
「は、はいっ!」
それに応える上擦った声がして。誰かの手が、僕に触れた。
え?!
僕は驚く。誰?
驚いて思わず転移魔法を使うのをやめてしまった。
知らない気配だ。
でも、たった今まで僕は気付かなかったけど、どうやら最初から同じ場所にいたのだと思う、その誰かは、芋虫みたいに床に転がっていたらしい僕をそっと支え起こしてくれた。
そうしたらようやく、汚い足の男の顔が見える。やっぱり見覚えなんかなく、なんだかとっても嫌な感じの怖い顔つきをしていた。
なんだろう、僕を見る目つきがとても気持ち悪い。
僕は首を傾げる。
ほんと、誰?
「ああん? 怯えもしねぇーのか。自分の状況がわかってねぇのかぁ? ええ? 顔だけはキレーな王子様よぉ」
男は僕を舐めるように眺めながら、バカにしたような顔で笑ってそう言った。
怯える? よくわからない。どうして怯える必要があるのだろう。今、この場で怖いものなんて何もないのだけれど。
僕を支え起こしてくれた人はずっとカタカタと震えていて、とても怖がっている気配と、どうやら僕にとても申し訳なく思っているような様子が伝わってくる。
僕はなるほどと、心の中で納得した。
僕はいったいどうやって、いつの間に、こんな知らない所へ連れて来られたのかと思っていたのだけれど。
多分、僕を此処へ連れてきたのは震えているこの人だ。
だってこの人にあるのは恐怖と怯えと、申し訳ないって、誰かに謝る気持ちだけ。悪意だとか害意だとかを、おそらくは誰に対してであっても抱いていない。
自分に恐怖をもたらしている相手のことさえ、恨んだりなどしていないのだろう。これに関しては、恐怖でいっぱいになって、そこまで思考が至っていないだけかもしれないけれど。
多分、実際に僕を連れてくる時でさえ、怖いという気持ちだけに支配され、自分の行動が誰かにとっての害になるだとか、自分が誰かを害することになっているのだとか、そういうことにさえ思い至っていなかったのではないかと思う。
そういう人は、基本的に結界に抵触しない。だって、誰かを悪く思っていたりしなくて、誰かを害するだとかなんだとか、そういう意識を持っていないのだもの。ただ、自分はそれをしなければならない、それだけを思っているような人は悪意や害意を持っているとは見なされないんだ。極端な話、狂信者とかに対しては、ナウラティスの結界は意味を成さないのだとかなんだとか聞いたことがある。狂信者ってのがなんなのかが、実は僕はよくわかっていないままなのだけれども。
それはともかく、特に僕が眠っていて、意識がなかったのなら余計にだろう。僕自身が害されている、害されると認識していたなら別だけれど、そうではなかった。とは言え、僕はもう起きていて、多分この人がしたのだろうことを認識し、それが自分にとって害だと今では思うようになっているので、今後は同じようなことは二度と出来ないとは思うけれど。
今、僕に触れていられているのも、ただ怯えているだけだからだ。
あと、今みたいに体を支え起こしてくれているぐらいのことを、僕は害だと認識していない。
ふぅん。
僕はなんとなく、状況が把握できて来たような気分で、改めて目の前の男を見た。世界には、こんなにも気持ちの悪いお顔の人がいるんだなぁとそう思いながら。
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