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94・理解の外にある未来③
しおりを挟む「まさか、そんな……子供なんて」
小美は呟く。
自分が涼と、否、翔兄と夜に、交わし合っていた行為がその為のものだっただなんて。
小美は本当に知らなかったのだ。
翔兄が初めに言った、熱を治める為の治療なのだという言葉を信じていた。
ああ、なんて滑稽だったことだろう。
あれほど気に病んでいた閨事を、知らぬうち、小美は済ませてしまっていたのである。
それも、他でもない翔兄と!
「じゃあ、小美は嫌だというの?」
僕とのこれからを、望まないと?
へなと眉を下げて。隣に、寄り添うように腰かけた翔兄が、小美を窺うように覗き込む。
「いやではないわ。そうではなくて……」
ただ、何も知らなかったから、戸惑っているだけだった。
明るい陽射しの下で、今、小美の隣には翔兄がいる。
もうずっと長く、夜にしか会えなかった翔兄が、今では誰はばかることなく、小美に会いに来るようになっていた。
「それに、その……妾が、その……」
翔兄の。
そこまで告げて躊躇う小美に、翔兄は微笑んだ。
きっと、小美の戸惑いに、だけど嫌悪などが欠片も含まれていないことが、翔兄にわかったからなのだろう。
そこにあるのが、ただ、照れと恥じらいだけであるということが。
「僕の、妃。唯一の。だって僕は、君だけでいいんだ。そうしたら、もう決まっているだろう? 君は次代の正后になる。僕の即位と共に立后する。儀式や式典は……流石に、子供が生まれた後になるけどね」
僕の即位はその前、後宮の閉鎖の、直前となるだろう。
そう続けた翔兄の言葉に、小美はおずおずと頷いた。
嫌なわけではなかった。
本当に。むしろ。
「嬉しいと……思っていますわ」
翔兄。
だって妾はただ、貴方だけを想っていた。
きっと、ずっと、幼い頃から。……――自覚には随分、時間がかかってしまったけれども。
「なら、よかった。君はずっと後宮を出たがっていたし……僕も、心苦しく思っていたんだよ」
小美の気持ちを無視して、後宮に留め続けたことを。
ただ、翔兄が望むが故であったことを。
言いながら少しだけ俯いた翔兄に、小美は小さく首を横に振る。いいえ。
「いいえ、いいのです」
今となっては、もういい。
もし、後宮を出てしまって、それで翔兄の妃になれなかったなら。きっと、その方が嫌だった。
「そう? でも……そうだね、正后になれば。君はようやく後宮から出ることが出来る。正后は政務を課されることがあるから、元々、唯一、王城へと出ていける身分なんだ」
小美は頷いた。
外交などの問題もあり、正后ただ一人が、後宮からの出入りを許されているのは小美も知っていたからだ。
もっとも、母上はなかなか後宮からお出になられなかったけど。
それはきっと君がいたからかもね、なんてくすくす笑う翔兄に、確かに翔兄の母である今代の正后は、後宮から離れることがほとんどなかったと思いながら、小美は少しばかり頬を膨らませてみせる。
「もう、翔兄ったら、すぐにそのようなことばかり」
まるで幼い戯れは、あたかも昔に戻ったかのよう。
陽射しは明るく、翔兄はそばにいて。その上これから先はずっと、こうあれるのだと言う。
ああ、なんてことだろう。
小美はそんな風、翔兄と触れ合いながら、全く予想していなかったな、と内心で呟く。
これから迎える未来は、きっと小美の理解の外にあった。
けれどそれは幸福に満ちて。
ああ、本当に、なんてことなのだろう。
明るい陽射しの下で笑い合う、もうすっかり大人になった姿。
長くつぼみであり続けた小美はいつの間にか、知らぬ間に。
義息子だったはずの愛しい人の手によって、鮮やかに花開いていたようだった。
Fine.
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