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89・懐旧と因果②
しおりを挟む7つの差は。確かに、子供の時分なら気になるだろう、だが長じて後なら、それほど大きな問題とならないものにしか過ぎなかった。
ましてや、主家筋同士の婚姻ともなると、それぐらいの歳の差なら、ありふれているとさえ言ってもいい。
「あの子は、可愛かったわ。可愛くて儚くて、まるですぐに壊れてしまいそうなほど。私が守らなければ、と思って。なのに優しくて……――私を、一生懸命に尊重してくれるの。あんなに儚いのに、一生、僕がお守りします、ですって! 私、それを聞いた瞬間、胸がきゅぅって苦しくなるのを感じずにはいられなかったわ。もう、愛しくて愛しくて。ずっと、あの子の側にいたいって、そう思ったのよ。私が側で、居続けたいって。――……自分でも、執着に近かったように思うわ」
蒼貴妃の声音は、どこか、弾むようにさえ感じられた。
大切な大切な宝物を、きっと今、彼女は吐露してくれているのだろう。
そんな話をし続ける蒼貴妃の視線の先に、いったい何が見えているというのか。
小美には全くわからない。
だけどきっと、幼き日の、自分達なのではないかと思った。年若い蒼貴妃自身と、そして。
「私が入宮したのは、23歳の時。あの子は16歳だった。本当はもっと早くにという話もあったのだけれど、私が出来るだけあの子といたくて我が儘を言っていたの。怖かったのね。婚約者と言ってもあくまでも候補で、あの子の近くには小瑛もいて。私がいない間に、二人の仲が近づいたらどうしようって。だけど」
そこで蒼貴妃はいったん話を止め、首を横に振った。
それは小美の目には、何かを振り切るように、あるいは思い出したくないことを、思い出してしまったかのようにも見えた。
かと思えばすぐに、小美たちの方を見ないまま、また、話し始める。
「私が入宮したのは他でもない小瑛の、そして殿下……――今の陛下のご意向を知ったから。ならば、と納得して入宮したわ。幸いにして陛下――……ああ、先代陛下のことよ。先代陛下も私の想いを汲んで下さって、私は蒼家の出だったから、すぐに今と同じ貴妃になったのだけれど、あの頃は私こそがお飾りの妃だったの。だって、数年のうちの代替わりは決まっていたし、その後のことも決まっていた。私は……そうね、小瑛に、後宮のことを教えるだけのはずだった。その為に先に入宮したようなものだったわ。蒼家の思惑はどうあれ、ね」
小さく息を吐いた蒼貴妃の瞳が、ゆらと不穏に揺れたのに気付く。
けれど、すぐにまた分からなくなった。
「いいえ、きっとどちらでもよかった。私が残っても、小瑛が残っても。元々、私の年齢は今の陛下に近くて、その先を、と考えられていたのは理解していたのよ。それもあって、あの子の家としても私と小瑛、どちらでもよくて、蒼家と、それに小瑛の家も、どちらでもよいと思っていたはず。例えば皇后に、などとならなくとも、貴妃は決して低い身分ではないのですもの」
誰も反対なんてしていなかった。私の思惑を、希望を、妨げる物なんて何もなかった。
「私は夢見ていた通り、あの子と添い遂げるはずだったの。小瑛に充分に色々なことを教えたら、後宮を出て、あの子と。少し長く後宮にいてしまったのは、代替わりと小瑛への引継ぎともあったけれど、あの子の、当主就任を待っていたというのもあったのよ。なのに!」
そこで蒼貴妃は、今までで一番強い感情を見せた。
やりきれないと、見える怒りがまるで目に見えるかのようにさえ、小美には感じられた。
けれどやはりそれもすぐに収めて、ゆっくりとこちらへと向き直る。
小美と涼、否、翔兄へと、向き直る。
「ねぇ、小美。貴女、本当にあの子と……小澄と、同じ顔をしているのね。ねぇ、どうして貴女の母は私ではないの? どうして貴女は小澄の子供なの? どうしてっ……そんな、髪と目の色でっ……! ああ!」
迸る激情にぞっとする。
何もかも小美の所為ではない。小美の所為では、ないけれど。ただ。
もし、と想像した。
愛しい相手と、憎い誰か、両方の特徴を持つ存在が、目の前にいたならば、と。
きっと、蒼貴妃の夢はかなわなくなった。
それはおそらく……――小美が、生まれたからだった。
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