上 下
87 / 96

85・提案、そして。⑥

しおりを挟む

 小美シャオメイは現状に全くついていけていなかった。
 ただ、リァンの様子がいつもと違うこと。
 どうやら襲われたことそのものについては心配する必要がなさそうなこと。
 そして、このような状況であっても、ルイや蒼貴妃に取り乱したり、驚いたりしているような様子がないことだけが確かで。
 むしろ彼らからすると、この状況も当然のことのように受け止められているようにすら見えた。
 涼がおもむろに口を開く。

「蒼貴妃様。貴女は小美を、気にかけて下さっていましたよね」

 声は静かだった。
 蒼貴妃がいつもと変わらない様子・・・・・・・・・・・で浮かべていた笑みを更に深くする。

「ええ、そうね。だって可愛いんですもの」

 にこり、なんの他意もなさそうなおっとりとした蒼貴妃らしい笑みだ。
 可愛い、と、これまでも何度だって告げられてきた言葉で小美を称する。
 かと思えば次いで、小美に視線を向けて。

「ああ、小美、こちらを向いて」

 言われて、つい小美は蒼貴妃へと向き直った。
 それまで涼に向けていた意識を蒼貴妃へと向け直した。
 蒼貴妃の表情がほろりと更に綻ぶ。

「ふふ、本当に愛らしい」

 まるで幼い我が子でも見ているのではないかという風に目を細め。
 そして、その表情のまま。

「本当に小澄シャオチォンとよく似ているわ。そしてなんて……――忌々しい、その色」

 そんなことを、柔い口調のまま、嫋やかな唇の間から滑り落としたのだった。
 小美はぞくっと、背筋が震えるのを感じずにはいられなかった。
 蒼貴妃の様子は変わらない。
 頑是ない幼い子供で見るているかのような眼差しで小美を見ている。
 口調にだってほんの欠片さえ、荒れたところなどない。
 にもかかわらず、どうしてこれほどまでのぞっとするような憎悪を、自分は感じてしまうのだろうか。
 小美にはわからなかった。
 けれど、こんな蒼貴妃に、動じているのがどうやら自分だけであるようだということを理解する。
 先程からずっと、小美だけが何も知らない、何もわかっていないのだ。
 小美は戸惑って、ただ、きゅっと、唇を噛みしめることしか出来なかった。
 けれど、と必死で考える。
 小澄と、今、蒼貴妃は言っただろうか。
 小美と・・・、否、小美が・・・、似ているというその人物。
 呼び名からして、心当たりなどただ一つ。
 見るも儚げな、どこか、目の前にいる蒼貴妃とも似た穏やかさを持つ人物の影が頭をよぎった。
 バイ家当主、西王、バイ 澄月チォンユエ、他でもない小美の父であるというその人だ。
 小美には彼と顔の造作などがよく似ているという自覚があった。けれど。

「……色?」

 確かに、濃く、艶やかな緑の髪と、鮮やかな緑色の瞳をしている西王と褪せたような白に近い銀髪と、琥珀色の瞳をした小美とでは、身に纏う色が違う。
 いくら顔かたちそのものが似ていても、受ける印象は全く異なってくることだろう。
 実際に西王の持つ儚いばかりの美しさなど、自分にあるとは思えない。
 だけど、その色がいったいどうしたというのか。
 不審に思う小美に、また、蒼貴妃は笑みを深めた。

「ああ、明妃、小美。貴女は本当に何も知らないのね」

 蒼貴妃の小美を見る眼差しは、どこまでもただ、頑是ない幼子を見るかのようなそれだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

処理中です...