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85・提案、そして。⑥
しおりを挟む小美は現状に全くついていけていなかった。
ただ、涼の様子がいつもと違うこと。
どうやら襲われたことそのものについては心配する必要がなさそうなこと。
そして、このような状況であっても、瑞や蒼貴妃に取り乱したり、驚いたりしているような様子がないことだけが確かで。
むしろ彼らからすると、この状況も当然のことのように受け止められているようにすら見えた。
涼がおもむろに口を開く。
「蒼貴妃様。貴女は小美を、気にかけて下さっていましたよね」
声は静かだった。
蒼貴妃がいつもと変わらない様子で浮かべていた笑みを更に深くする。
「ええ、そうね。だって可愛いんですもの」
にこり、なんの他意もなさそうなおっとりとした蒼貴妃らしい笑みだ。
可愛い、と、これまでも何度だって告げられてきた言葉で小美を称する。
かと思えば次いで、小美に視線を向けて。
「ああ、小美、こちらを向いて」
言われて、つい小美は蒼貴妃へと向き直った。
それまで涼に向けていた意識を蒼貴妃へと向け直した。
蒼貴妃の表情がほろりと更に綻ぶ。
「ふふ、本当に愛らしい」
まるで幼い我が子でも見ているのではないかという風に目を細め。
そして、その表情のまま。
「本当に小澄とよく似ているわ。そしてなんて……――忌々しい、その色」
そんなことを、柔い口調のまま、嫋やかな唇の間から滑り落としたのだった。
小美はぞくっと、背筋が震えるのを感じずにはいられなかった。
蒼貴妃の様子は変わらない。
頑是ない幼い子供で見るているかのような眼差しで小美を見ている。
口調にだってほんの欠片さえ、荒れたところなどない。
にもかかわらず、どうしてこれほどまでのぞっとするような憎悪を、自分は感じてしまうのだろうか。
小美にはわからなかった。
けれど、こんな蒼貴妃に、動じているのがどうやら自分だけであるようだということを理解する。
先程からずっと、小美だけが何も知らない、何もわかっていないのだ。
小美は戸惑って、ただ、きゅっと、唇を噛みしめることしか出来なかった。
けれど、と必死で考える。
小澄と、今、蒼貴妃は言っただろうか。
小美と、否、小美が、似ているというその人物。
呼び名からして、心当たりなどただ一つ。
見るも儚げな、どこか、目の前にいる蒼貴妃とも似た穏やかさを持つ人物の影が頭をよぎった。
白家当主、西王、白 澄月、他でもない小美の父であるというその人だ。
小美には彼と顔の造作などがよく似ているという自覚があった。けれど。
「……色?」
確かに、濃く、艶やかな緑の髪と、鮮やかな緑色の瞳をしている西王と褪せたような白に近い銀髪と、琥珀色の瞳をした小美とでは、身に纏う色が違う。
いくら顔かたちそのものが似ていても、受ける印象は全く異なってくることだろう。
実際に西王の持つ儚いばかりの美しさなど、自分にあるとは思えない。
だけど、その色がいったいどうしたというのか。
不審に思う小美に、また、蒼貴妃は笑みを深めた。
「ああ、明妃、小美。貴女は本当に何も知らないのね」
蒼貴妃の小美を見る眼差しは、どこまでもただ、頑是ない幼子を見るかのようなそれだった。
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