上 下
86 / 96

84・提案、そして。⑤

しおりを挟む

「もういいだろ。そこまでにしたらどうだ」

 その声があまりに刺々しかったものだから、小美シャオメイはつい、まじまじとルイの方を仰ぎ見た。
 そこにあったのは、初めて見る、嫌悪さえ滲んだ険しい表情で目の前を睨みつける瑞の姿。
 導かれるように前へと向き直ると、戸惑い慌てる宮人と、余裕さえ覗かせる常通りの穏やかさで、拘束されたままの蒼貴妃。
 ああ、早く助けなければ、と、焦る小美とは裏腹に、瑞にそれ以上動く気配はない。
 だからだろうか。
 今度もまた、小美は気付かなかった。
 普段ならもしかしたら気付いたかもしれなかったのに。

「蒼貴妃様」

 涼やかな、落ち着いた声が当たりに響いた。
 小美の、背後から、だ。
 ざっと、いつの間にか、見知らぬ者たちを更に取り囲むようにして現れた幾人もの人影。
 彼らには小美も覚えがあった。
 否、そうでなくともそろいのお仕着せを見るだけでわかる。
 普段は後宮には入って来ない、けれどその周囲を守っている警備の兵士たち。

「どうして……」

 戸惑いが小美の口から零れ落ちる。
 振り返った視線の先、視界に入ったのは、ここしばらく、昼間は目にすることのなくなっていたリァンの姿。
 否、本当に?
 紫の髪に、琥珀色の瞳。
 間違いなく涼の物だ。
 なのに雰囲気が違っている。服装も。
 いつもの、簡易的な宮人らしいものではなく。まるで翔兄が身に纏ってでもいるかのよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、装飾の施されたパオ

「どうし……て……」

 小美の声に滲む困惑は、先程の比ではない。
 そんな小美に構わずに、涼はすと一歩を踏み出す。
 警備の兵たちを、正しく従えるかのように。
 兵たちは指示されるまでもなく、手早く、数人いた見知らぬ者たちを捕らえていく。
 蒼貴妃を拘束していた者も同じよう、小さなうめき声と共に引き剥がされ、跪かされていた。
 しかし、涼の視線はそう言った者たちにはなく、ただ真っ直ぐに前を見て。……――蒼貴妃を、見て。

「……? リァン?」

 いいえ、貴方は。
 怪訝そうな小美の声にも、涼は構う様子を見せない。
 戸惑う小美を置き去りにしたまま、そうして歩を進めた涼は、小美を背に庇う瑞の更に前。蒼貴妃と対峙する位置で、ぴたと歩みを止めたのだった。

「非常に、残念です」

 そんな言葉と共に。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

処理中です...