84 / 96
82・提案、そして。③
しおりを挟むそれまで、小美と蒼貴妃が話していたのは、棗央宮から、少し王城とは逆の方へと進んだところにある資料庫を超えて、更に少し歩いた辺り、李東宮にもほど近い房の一つだった。
とは言え、李東宮は棗央宮からだと、資料庫と同じぐらいの位置にあり、そこよりも更に王城から離れた場所ではあったのだが。
蒼貴妃が歩き始めた方向は、杏南宮よりの外れの方だった。
王城や棗央宮、勿論、李東宮すらもどんどん遠ざかっていく。
後宮内には園林がいくつもある。
李東宮にもまた、広いそれが設えられていたはずで、そちらではないのかと、小美は意外に思いながらも、おとなしく蒼貴妃に着いていった。
時折、言葉を交わしながら進んでいく。
たわいのない会話。
ここしばらく紅嬪から聞かされていた噂話よりもっと穏やかで、何より小美が興味を惹かれない話が多かった。
小美の方には話題らしい話題がほとんどないので、もっぱら相槌を打つばかりだ。
とは言え、これはいつものこと、蒼貴妃に気にしたような所はなく。
そうして、いくつかの回廊を超えて、更に進んだ先、見えてきた池は広く、折れ曲がった九曲橋は長く、水榭は少しばかり手狭に見えた。
ちらと目に入った瑞が、ひどく苦い顔をしているのが気になったけれど、だからと言って何が出来るはずもない。
今、小美が可能なのはただ、蒼貴妃と並んで歩くことだけで。
点在する水榭の中でも一番奥まっているのではと思える場所にある一つで、蒼貴妃がようやく立ち止まる。
「ほら、明妃、見て」
すっと指示されたところにはなるほど、ほころび始めた梅の花が、いくつも枝を伸ばしていた。
元々後宮は高い壁に囲まれているのだが、位置的におそらく、ここからなら壁が見えてもおかしくないほど、この辺りは外れの方だと思われる場所で、けれどいくつもの岩や木々が植えられていて、それもあり上手くわからなくなっていて。
その梅の木は、そんな木々の内の一角のようだった。
目の前の景色に、小美はなるほどと小さく頷く。
「美しい……」
ほぅっと、感心したような呟きが知らず落ちてしまうほど、この場所から見える様子は綺麗で。わざわざここまで足を運んだのも頷けた。
「こんな場所があったなんて」
長く後宮にいるのに知らなかったとぽつり、言葉を落とす小美に、蒼貴妃がにこりと笑みを深める。
「この辺りは穴場なの。端の方だからあまり人も来ないし……静かで。何よりこの景観。他に見劣らないほど見事だわ」
小さく笑みをこぼしながらの言葉に、小美は素直に頷いた。
「さぁ、そこにかけて。少し一息つきましょう」
促され、近くに備え付けられていた卓に着く。
付き従ってきていた幾人かの宮人が、手早く茶の用意をし始めるのを尻目に、小美は今一度目の前の景色に目をやった。
しゃらと、微かな風に揺れる梅の枝が、まるで涼やかな音色を運んでくるかのよう、ただ、その先で囁いていた。
8
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身
青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。
レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。
13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。
その理由は奇妙なものだった。
幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥
レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。
せめて、旦那様に人間としてみてほしい!
レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。
☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる