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79・足を向けた先にて⑤
しおりを挟む広いとは言い難い、かと言って狭くもない房の中、蒼貴妃の連れていた宮人の一人が、手早く茶などを用意していく。
一対の卓に、向かい合わせに座った小美と蒼貴妃の前に、ことと微かな音と共にそれぞれ置かれた茶杯を、小美はつい、警戒してしまった。
少し前に毒を盛られたことを思い出して。
勿論、毒を盛ったのはこの宮人ではないし、今、そのようなことをする人間がこの場にいるはずもない。
わかっていても一瞬よぎった警戒は、小美自身でもどうしようもないものだったと言っていいのだろう。
そんな小美の様子は、蒼貴妃には隠せなかったはずだ。
けれど蒼貴妃はそれには触れずに、
「それで……先程、気落ちして見えたのはどうしてなのかしら?」
と、あくまでも彼女自身が気にかけていた様子についてだけ問いかけてくる。
小美は一瞬、違和感を覚えながらも、少し迷って、結局は自分の心情を吐露することにした。
相手が蒼貴妃だったからだ。
小美が入宮してくるより前から、後宮にいた彼女だからこそ。
併せて正后とは違い、小美のことを気にかけてはくれつつも、過分に構いたてるようなことをしない存在だとも知っていた。
この後宮において、一番年嵩と言える蒼貴妃と続く玄貴妃、何より正后は小美を気にかけ、可愛がってくれている。
いっそ彼女らしか、そのような態度を取るもの自体いないと言ってもいいような状況で、それでも蒼貴妃は、玄貴妃と正后の二人と違って、時折小美に対して、意外なほどあっさりとした対応を取る相手だった。
だからだろうか。
きっと、正后や玄貴妃に、であれば告げなかっただろうことを口にする気になったのは。
誰に対してであれ、過度な心配などは掛けたくもなく、だからこそ話すことを躊躇することは意外に多くて。とりわけ、先ほど見た光景のことなど、例えば正后相手であれば、決して何も伝えなかったことだろう。
「えぇっと、その……些細な、ことなのですけど」
そうして小美は至極あっさりと、それでいて出来るだけ感情を交えずに、先程目にした光景についてを、蒼貴妃に話して聞かせたのだった。
つまりは面会所近くの園林で、朱貴妃や緋妃と共にいた翔兄のことを。
何か用事があったのかもしれないし、ただちらと見かけただけではあるのだけれどとも告げながら。
蒼貴妃は、時折、
「あら……まぁ」
などと小さく相槌を打ちながら、小美の短い話に、いつも通りの穏やかな様子で耳を傾けているようだった。
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