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78・足を向けた先にて④
しおりを挟むどうして、ここへ。
疑問が顔にでも出ていたのだろうか、蒼貴妃が訪ねるまでもなく笑みを深め、口を開く。
「少し、用があって……資料庫へ行ってきたの。宮へ戻る所なのだけれど、散歩がてら少し遠回りをしようかと思って」
資料庫、と聞いて、だけどこの辺りは資料庫と蒼貴妃の住まう李東宮の間からだと少し外れるのではないかと一瞬よぎった疑問も、やはりすぐに答えは続けられた。
散歩、というのなら、おそらく特に目的などがあったわけではなく、ここを通りかかったのも偶然ということなのだろうと曖昧に頷く。
ただ、この近くには園林もなかったはずなので、散歩には適していないようにも思えたけれど、そんなこともあるのだろうとも飲み込んだ。
そんな小美の様子をいったいどう見たというのだろう、蒼貴妃が何かに気付いたように眉を寄せ、
「明妃? 何かあったの? とても……気落ちしているように見えるけれど」
そう訊ねられ、小美は途端、歪んでしまう顔を取り繕うことが出来なかった。
幼い頃から知っていて、可愛がってくれた記憶があるせいもあるのだろう。
小美はいつもなら出来るだけ、たとえ蒼貴妃、あるいは正后にでさえも、子供っぽいところ、もしくは弱っている姿など見せないように気を付けている。
彼女らが気にしてくれるだろうことがわかっているが故に。
だけどそんな強がりを装えないぐらいに、今の自分が打ちのめされていることを、小美は自覚せざるを得なかった。
だって。ああ、どうして、翔兄。
知らず唇を噛みしめる小美をしばしじっと、気づかわし気なまま見つめていた蒼貴妃は、次には少しだけ微笑んで。
「……よければ、お茶でも如何かしら。少し、休憩した方がよいのではなくて? そうね……私の宮に来ることに抵抗があるなら、すぐそこの房ででも」
と、誘いをかけてくる。
示されたのは道の脇にある房の一つで、特に誰の物というわけではなく、宮人たちが休憩に使用したりする為の場所だった。
間違っても貴妃が赴くような所ではないのだが、かと言って利用してはいけないというわけでもない。
妃妾の中でも、貴人以下であれば特に、時折、姿を見かけることもある、それなりの広さがあるそこには、今は勿論、誰の影もなく。
特に李東宮へ向かうことに抵抗を感じているわけでもなくはあったのだが、宮に押し掛けるのは、それはそれで迷惑だということもあるだろうと、蒼貴妃の提案に頷いた。
せっかくの気遣いを無碍にせず、受け入れた方がいいのではないかと思った部分があった為だった。
蒼貴妃の傍らに控えていた数人の宮人たちが、一足早く、準備に向かうのを目にしながら、ことさらゆっくりと歩き出す、蒼貴妃の後に着いていく。
一瞬、瑞が躊躇する様子を見せたことが気にはなったが、この場で疑問を口にすることは出来なかった。
「明妃?」
名を呼び、促されて。
やはり、嫌だったかしらとでも言わんばかり、顰められた眉に小さく首を横に振る。
「なんでもございません、蒼貴妃様。お気遣い感謝いたします」
慇懃に頭を小さく下げた小美を見て、
「そう」
頷いた蒼貴妃の眼差しから、どうしてだろう、小美は、何故だか目を逸らしてしまったのだった。
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