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77・足を向けた先にて③

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 小美シャオメイにとっては衝撃、そんな言葉では言い表せられないほどだった。
 どうしても蘇ってしまう、思い出してしまう。
 半年と少し前に見た光景を。そしてつい先ほど、目にした光景を。
 美しく微笑む朱貴妃と寄り添うように共にいた翔兄シァンシォン
 その上、緋妃までが近くにいて。
 いったい三人は何の話をしていたというのか。遠目だったし、たった一瞬でもあった。当然、会話の内容など聞こえるはずがなく、想像も出来なければ見当もつかない。
 ただ、確かなのは小美がずっと、長く会えていない翔兄と、朱貴妃、そして緋妃があっていたということ。
 いくら遠目だったからと言って、小美が翔兄の艶やかな青い髪を見間違うはずがないということだけだった。
 どうして。
 胸に苦いものが降り積もっていく。
 あの園林から逃げるように踵を返した小美は、ただ闇雲に足を進めて、気付けば棗央宮を回って、資料庫の端の方まで来てしまっていたようだった。
 足を踏み入れない場所、とまではいかないが、あまり来ない場所であることは確かで、小美の寝起きする明桃宮からだと、棗央宮を挟んで対角線上に位置する辺り。
 李東宮も近い場所だった。
 なんとなく辺りを見回して立ち竦む。
 夕暮れ、には至らない、だけど午後の、そこまで早くはない時間。
 このぐらいの時間だと、宮人たちの多くは休憩を取っていたりするのだろうか、などとも思い至る。
 だからこれほどまでに、人通りがないのだろうか、と。
 広いとは言い難い、けれど決して狭くもない回廊の一角だった。
 明桃宮の近くともどこか似ているようにも思えるのは、結局はこの辺りも同じ後宮内の一部に過ぎないからなのだろうか。
 とは言え、そんなことは小美にはどうでもいい話で、ただ、先ほど見た光景に思いを馳せた。
 翔兄は……――笑っていた。穏やかに、柔らかく。
 小美は、あまり目にしたことがないような顔つきで。決して、心からの笑顔、というようではなかったように思う。
 だけど、それがいったい何だというのだろう。
 小美が長く会えていない翔兄と朱貴妃、緋妃が共にいたということだけが全てだ。
 少し前に紅嬪から聞かされた噂話を思い出した。

『聞くところによれば、緋妃様はもとより、殿下の正后となるために入宮してきたとも耳に致しますわね』

 紅嬪が、そんなことを口にしていたのは、それほど前のことではない。
 緋妃は今年、確か29になるのだったように思う。
 27歳になる翔兄とだと、それよりも上の朱貴妃より、更に似合いのことだろう。
 朱貴妃とですら、打ちのめされるほど似合って見えたものだけれど、緋妃とならそれ以上ではないかとさえ、思ってしまった。
 緋妃と翔兄との歳の差より大きい三つさえ、さらに最近ようやく大人らしく見えるようになってきた小美とでは全く違う。
 それにこんな、白いばかりの髪色なんて。
 肩から流れたのだろう、さらと目に入った色褪せた髪にますます気持ちが塞がっていくように感じられた。
 唇を噛みしめる。
 ルイは何も言わず、ただ傍らに控えてくれていた。
 どうやら自分は一人ではないようだ、とも思う。
 とは言え瑞は、少し前にあったばかりの護衛。
 ならば共にいることに、大きく意味などないではないかと自嘲した。
 きっとただ、西王に言われて、傍についているだけなのだろうからと。
 それは言うならば宮人として当たり前の振る舞いとも言えて。
 そうであるなら、結局自分は一人なのだろうとどうしても、胸が痛むのを抑えることが出来なかった。
 ああ、どうして。
 どれだけそんな風に立ち止まって、内心でだけ嘆いていたことだろうか。
 それほど長い時間ではなかったように思う。
 ふと、近付いてきた気配に顔を上げた。
 数人。
 見知ったそれ。
 覚えのある宮人たちと、そんな彼女らに囲まれたまま歩み寄ってきたのは。

「あら? そこにいるのは明妃? 珍しいわね。このような所にいるなんて」

 後ろから声をかけられて振り返る。

「……蒼貴妃、様」

 そこにいたのは、おっとりといつも通りに微笑む、蒼貴妃、その人なのだった。
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