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76・足を向けた先にて②
しおりを挟むただの時間つぶしに、目的地などはない。
庭、つまり園林*には川が引かれ、池があり、橋がかかっている。
池のほとりや中ほどには大小さまざまな水榭*が点在していて、また、所々に花の咲く木々も植わっていた。
それほど幅の広くない、何度か折れ曲がった九曲橋からは、絶妙に配置された岩が見え、その上に濃い緑が影を落としている。
美しい装飾の施された欄干を、見るともなしに眺めながら、今日はこの辺りを利用している者はいないのだろうかとなんとなく辺りを見渡した。
と、その先、遠目に見える水榭の一つに人影が見える。
思わず、どきっとして足を止めた。
心臓がばくばくと激しく音を立てる。
どうして。思っても、応えなど得られるはずはなく。
ああ、こんなものが見たかったわけではないのに、と、知らずきゅっと眉根を寄せてしまう。
「明妃様?」
後ろに控えていた瑞が、不思議そうに声をかけてきた。
次いで小美の視線の先を追って、すぐに、
「ああ」
と、何かに納得したかのように頷いている。
「瑞? 何か知っているの?」
思わず振り返って訊ねると、どこか困ったように肩を竦めて。
「いいえ、何も。ただ、明妃様のご反応に納得しただけですよ」
などと、戯れのように口にした。
一瞬、かっと頭に血が上る。
いったい小美の、何を知っているというのか。
だが、すぐに、いけない、と、それらを表に出す前に息を吐いて。
「あら。妾の知らない妾のことまで、貴方よく知っているのね」
などと、皮肉気に吐き捨てるにとどめた。
自分らしくない、そうも思うけれど、今の小美には瑞に当たり散らさずにいるだけで精一杯で。この程度の嫌味など、仕方のないことだとすら思う。
同時に、おそらく瑞ならば、これぐらい気にも留めないだろうという考えもあった。
案の定、瑞は、にやと笑って。
「はは。そうかもしれません。周りから見ている方がよくわかることって言うのは、案外多いものですよ」
なんて嘯く。小美は鼻白んで踵を返した。
先程目にしてしまった光景を、これ以上見続けたりなどしたくない、そう思って。
だけどどこかで、こんな風に目を逸らした所で、消えてなくなってくれるようなものでもないことぐらいわかっている。
かつて目にした光景と、まるで同じだとすら思う。
「……どうして。翔兄」
どうしても小さく呟いてしまった声が、瑞に届いていなければいいと願わずにはいられない。
それでも小美は、少しだって、先ほど見たそれから、意識を逸らすことが出来なかった。
遠ざかる小美の背後、先程、目に止めてしまった水榭の一つでは、ここ半年と少し、小美が全く会えていない翔兄と朱貴妃、それに緋妃が、何事か、和やかに語り合う姿があったのだった。
※園林=中国風庭園、水榭=水上や水辺に建てられている亭(東屋)
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