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75・足を向けた先にて①
しおりを挟む涼は、どうして昼間、姿を見せなくなったのだろうか。
考えたって答えは出ない。
涼本人からはただ、
『所用で、しばらくお傍を離れます』
と、だけ告げられていた。
その割に夜だけは、小美の元へと通ってくるのだけれど、それだって、翔兄が同じように訪れていたよりも遅い時間ばかりで。小美はもう床に就いていることも多くて。
ゆっくり話すことも出来ず、どうにか尋ねても、
『いずれ説明いたします。ですから、今は……』
などと、はぐらかされるばかり。
小美がどうにも、苛立ちを覚えるほどだった。
とは言え、一度触れられてしまえば、その手を拒めない。
だってあまりにも翔兄と同じで。焦がれるように求める体温には、どうしたって抗えなかった。
ならばと、代わりのように傍にいる瑞に聞いてみても。
『申し訳ない、明妃様。俺にはお伝え出来ないんです』
そう、困った顔をされてしまう。
食事の際に顔を合わせる正后には、どうにも訊ねる気にならず。
何故なら、涼の姿が見えないことなど、誰の目にも明らかで、正后が気付いていないはずがないのだ。
にもかかわらず、そのことについて一言たりとも触れないということは、小美に伝える気はないということなのだろう。
こうなると、後宮内でほとんど孤立しているような状態の小美に知るすべなどなく、結局わからないまま、今日も小美の傍らに控えるのは、瑞ただ一人だった。
否、毒を盛られて以降、棗央宮から数人、宮人が寄越されるようになったのだが、彼女らはただ淡々と、自分たちの職務を果たすのみ。
特に親しく話すようなこともなく、ただ、いると言うだけで。
そして涼がいてもいなくても、小美の日々はこれまでと同じ。特に何かを課されることも、したいと思うようなことも見つかったりしなかった。
朝起きて、訪ねてきた宮人たちに身を任せ、身支度を済ませたら、同じく起き出したのだろう、一歩遅れて顔を見せる瑞を伴い、棗央宮へと赴き、食事を摂る。
正后との朝食の後は、時間を持て余すばかり。
紅嬪はほとんど毎日のように押しかけて来るのだが、それでも必ずというわけではなく、また、彼女の相手をする以外で用がないのも変わらなかった。
この日も、いつもと同じように訊ねて来た紅嬪を見送って、一人取り残された明桃宮の中で、さて、これからどうしようかと頭を悩ませた。
今日は、彼女がいつもより少し早めに暇を告げたこともあり、まだ陽が高く、夕餉にも時間がある。
午後の早い時間だ。
これから書庫に向かって、読書に勤しむのでもいいけれど、そうするには時間が足りないようにも思えて。
「少し……散歩にでも行こうかしら」
思いついたのに意味はなかった。
襲撃や毒の件もありはするのだが、だからと言って宮に閉じこもってばかりいるのも息が詰まる。
更にそう呟いた小美を、控える棗央宮の宮人たちにも、もちろん瑞にも咎めるような様子はなく、もっとも、もとより彼や彼女らは、小美の行動を妨げられるような立場にはないのだけれど。
「お気をつけて」
などと慇懃に見送られながら、瑞だけを伴って宮を出た。
目的地など特にない。
けれど後宮は広く、誰でもが利用できる庭なども多い。
特に棗央宮と王城までの間、少し前に西王と顔を合わせた面会場所の近くの庭は、どの貴妃の宮とも遠く、小美にとって、訪ねやすい場所だった。
なんとなくそちらへと足を向けたのは、ただの気まぐれ。
何か目的があったわけではない。
ただ、後にして思えば、知らず、感じる何かがあったのかもしれないとも思う。
求めすぎて、引き寄せられたのかもしれないと。
それでもこの時の小美には、わかることではなかったのは、確かなことなのだった。
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