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67・毒①

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 紅嬪が訪れた時に、お茶などを用意するのは決まって紅嬪の連れてきた宮人の役目だった。
 なにせ明桃宮には常駐している宮人がいない。
 茶の用意なども小美シャオメイか、もしくはルイがせねばならず、しかしリァンはともかく瑞は、そういったものに全く不慣れだったのである。
 瑞は正しく護衛であるらしく、その上、元々白家の出。それも主家筋に近い家に生まれ育ったようで、どちらかと言わずとも使用人に傅かれて過ごしてきており、宮人としての雑事となると、どうしても不十分とならざるを得ないようだった。
 小美も出来なくはないが、そもそも小美は紅嬪を歓迎しているわけでは決してない。
 わざわざ紅嬪の為に茶の用意をするなどと言う気も起きず、それを見兼ねたのか、それとも初めから期待もしていなかったのか、何食わぬ顔で、否、勝手知ったるとばかり、了承どころか一声かけることさえなく、紅嬪の連れた宮人が明桃宮に備え付けられていた茶器に手を伸ばしたのはあの慈悲を請った時の次に、紅嬪が小美の元を訪れた時のことだった。
 小美はそれに、少しばかり呆れたような気持ちで、だけど咎めることもなく彼女らに任せた。
 元より使用していなかったものなのだ。
 それぐらいのもの、勝手に使われたところでどうということもない。
 彼女らの入れた茶に文句もなければ、小美にも当たり前に供されるそれらに口付けることに、抵抗を覚えたりするようなこともなかった。
 もしかしたら用心をした方がよかったのかもしれないと思ったのは、こと・・が起こってからのこと。
 だが、どれだけ思い返しても、小美には判断が出来ない。おそらくは小美にとっては、大きな問題とならないことだったからなんだろう。
 その日もいつもと同じように、押しかけて来た紅嬪は新たに仕入れた噂話などを、聞いてもいないのに小美へとひけらかしていた。
 来て早々に一度茶は供されていて、だからそれは適当な頃合いに淹れ直された時のことだったのである。
 先に茶に口を付けたのは小美の方だった。
 ひとくち、口に含んだだけでわかる。
 これはいけないっ!
 咄嗟に思ったのはそんなこと。次いではっと気づいて確かめたのは、同じように茶器を口元へと運ぶ紅嬪の手元。
 否、今、小美が飲もうとしたものと同じはずの茶だ。

「だめっ、飲まないでっ!」

 気付けば小美はばっと、紅嬪の手から茶器を払い落としていた。
 カシャン、陶磁器の割れる音が当たりに響く。
 いきなりのことに目を白黒させて驚く紅嬪に構わず、小美は割れた茶器と零れた茶を睨みつける。
 低く、この場で唯一の、自分付きの宮人の名を呼んだ。

「瑞」

 呼ばれた瑞の気配が尖っている。
 小美の態度から何事か、悟る所があったのだろう。

「毒か」
「ええ」

 言葉少なな問いかけに頷いた。
 紅嬪がはっと、小美を振り仰ぎ、

「ひぃっ!」

 引きつった悲鳴を上げて後退ったのはたった今しがた茶を注いだ一人の宮人。
 これまでに何度か見たことのある顔だった。
 そしてその宮人が、耐えきれないとばかり、手に持ったままだった茶器を投げ捨てる。
 カシャンっ、陶磁器の割れる高い音。

「動かないでっ!」

 言い置いて小美は今一度、つい先ほど違和感を覚えた茶をもう一度口に含んだ。
 そうして確かめる。だけどやはり、思う所は変わらない。
 これはいけない・・・・と、そう。

「明妃様」

 咎めるように瑞が小美を呼ぶのに、小さく頷いて。

「大丈夫よ。妾なら大丈夫。でもいけないわ。おそらく、もし万が一紅嬪様が飲んでしまっていらしたら、きっと……」

 どのようなことが起こったことか。

「け、警邏の者をっ……!」

 恐れおののいていた宮人たちの内の一人、おそらくは棗央宮から使わされた護衛を担っているのだろう宮人がそう言って人を呼ぼうとするのに頷いた。

「そうね、早急に呼ばなければ」

 小美の了承を得るや否や慌てて走っていく宮人を見送って、どうして、と小美は内心で小さく呟いた。
 今、わかることはほとんどない。小美と紅嬪と、いったいどちら・・・が狙われたのかすら。
 ただ、わかることはただ一つ。
 小美と紅嬪が口にしようとした茶に、毒が混入されていた、その事実だけだった。
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