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63・招かれざる客②
しおりを挟む小美は紅嬪を決して歓迎してなんていない。
それどころか招いた覚えさえ一度もなかった。
確かに、一番初め、あの慈悲をと縋られた時に。宮の中、房の一室へと通したのは小美自身。だがそんなもの、通路であれ以上、蹲られたままなのが居た堪れなかったからに過ぎない。
招いた、のうちには入らないことだろう。ただ場所を移しただけだったのだから。
なのに、一方的に押しかけて来た紅嬪を呆れながらでも何でも、小美は拒絶することが出来なかった。
慈悲を、と請われて。結局何もしなかった、出来なかったことに対する負い目のようなものを感じていないと言えば嘘になる。
でも、それよりも何よりも、まぁいいか、などと受け入れてしまう理由は他にもあって。
「明妃様は本当にお可愛らしい」
ほほほと軽やかに笑いながら、しかし心の中で、小美のことを馬鹿にしているのだろうことがわかる。
良くも悪くも以前と変わらない紅嬪の、いっそ露悪的とすら言えるその態度。
その、変わらないという事実に。小美はどこか、ほっとしているのだった。
だってあんな嘆きを。はからずも無碍にしただなんて、目覚めが悪いにも程があるから。それを紅嬪が気にしないような態度であることに、小美は安堵せずにはいられなくて。より、気遣わずに接せられるというものだろう。
紅嬪が何を考えてどう感じているのかはわからない。
だけど、呼んだわけでもないのに通ってくるのは紅嬪の方なのだ。ならばこそこうして短時間なり、話に付き合うことぐらい、構わないような気になっていた。
紅嬪の噂話は多岐に渡り、
「ねぇ、明妃様、ご存じでいらして? 陛下のお渡りはもうずっと正后様の元しかおありにならないの。ですから、白貴妃様や他の妃嬪様方の多くは、今では陛下ではなく、殿下の訪れを待っていますのよ」
などと知った風に嘯くことに始まり、
「代替わりは近いとお聞きいたしておりますわ。その際に後宮は一度、解かれてしまう。もし、その先も残りたいなら、殿下のご慈悲を願うより他にない」
そんな風にさらと告げ、
「もっとも、苛烈な性質をなさっておられる朱貴妃様がどう思っておられるかは、私は存じ上げませんけれども。ああ、そうそう、朱貴妃様と言えば先日、」
続けて、見聞きしたという出来事を語って聞かせてきたりした。
特に、
「聞くところによれば、緋妃様はもとより、殿下の正后となるために入宮してきたとも耳に致しますわね。年回りもちょうどそのぐらいでしょう? かくゆう私もなのですけれど」
と、知らされた時には流石の小美も思わず反応してしまったほど。
殿下、とはつまり翔兄のことだろう。
思い出したのは半年と少し前のこと。
あの時、翔兄と一緒にいたのは朱貴妃だったけれど、それが緋妃だったとして、大きく違いがあるとは思えない。
きっと小美と共にあるより、似合いに見えることだろうと想像してしまって。
痛みを覚えた胸を持て余し、自然険しい顔になってしまっても、紅嬪はにしゃにしゃと嗤うばかり。
こうして本当に不快な思いを散々させられつつ、だけど小美は紅嬪を拒みきれず。
他にもこまごまとした噂は、いくらでも尽きぬぐらい知っているようで、よくこれだけ覚えていられるものだと、呆れるほどだった。
そうして、
「そう言えば蒼貴妃様は昔、後宮を出るおつもりがおありになられたのだとか。なのに公主様まで授かられて、今も蒼貴妃様でおられるのですから、わからないものですわよね」
だとか、知らなかったことを教えられても、小美はそうなのかと、ただただ受け止めるのみ。
くだらないことも、そういった判別がしづらいことも多く、小美はうんざりとした顔を隠さずに、時折、相槌を打ちながら聞き続けるだけで。紅嬪は小美がどんな態度を見せたとしても、気にしているようには到底思えず、このような時間を持つことにいったいどんな意味があるのかすら、小美にはわからないまま。
招きもしていない紅嬪からの訪いは、そんな風にして三日と開かない頻度で行われ続けたのだった。
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