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58・夕餉
しおりを挟む小美が皇帝と会う頻度はそう高くはない。
元より一度として、小美の賜った明桃宮に皇帝が足を運んだことはないのである。
ならば、いったいどこで顔を合わすことがあるというのか。
それはほとんど必ず、棗央宮でということとなっていた。もしくは、偶然に後宮内の通路や回廊で行き会うかのどちらか。
皇帝は当然のことながら忙しい。
後宮へと足を運ぶことそのものがそれほど多くはなく、ただ、正后の元への訪いは夫婦として過不足ない程度のものではあり、そんな中の、特に夕餉を共に摂れる時などに小美は顔を合わせるのだ。まるで仕事から帰った父親と挨拶を交わすがごとくに。
そんな風に皇帝と、あの、西王と面会した数日後に棗央宮にて夕餉を共にした時のこと。
同じ食卓を囲んでいたのは皇帝と正后、二人の娘に当たる第三皇女、黄公主。そして小美の四人だった。
以前は、と思い出す。
もう随分と前、半年、否、1年は経っているだろうか。ここに翔兄が含まれることがままあったのだ。
だけど今はおらず、長く、顔すら見られていなかった。
その代わりのよう、同じ顔にしか見えない涼が宮人らしく、部屋の隅に控えているけれど。
もちろん、瑞も同じように控えているし、護衛や給仕の担当の者を含め、何人もの宮人が同じ部屋の中にいた。
それでも席に着いているのは四人だけ。
家族水入らず、と言えばきっとそうなのだろう。
小美だけが、少しだけ異質だ。
だけど今更。幼い頃からの慣習。それこそ、本当に今更な話で。
そんな風、翔兄のことを思い出したり、自身を異質に感じたりなどしていたからなのだろう、どうやら少しばかり沈んだ顔をしていたようだと小美が自覚したのは、皇帝から気遣わしげに指摘を受けたからだった。
「小美。何か、気にかかることがあるのかな?」
そう訊ねられ、小美はふると首を横に振る。
「いいえ、陛下、何も」
気にかかることなんて、そんな。
誤魔化す、でもなく戸惑う小美に、皇帝はへなと眉尻を下げる。
「そうかい? 何かあるのなら、すぐに言うんだよ。私じゃなくとも、正后や黄公主にでもいいからね。宮人にだってでもいい。なんにせよ溜め込まないことだ」
そうしてもいいことは何もない。
柔らかな皇帝の言葉に、正后も、黄公主さえも頷いている。
黄公主なんて小美より6つも年下なのだけれど、小美の見目が、半年と少し前まで、どうにも幼すぎたためだろう、折に触れ彼女は小美の、姉のような顔をすることがあるのだった。
それを別に小美は不快だとは思わないし、むしろ心配ばかりかけて申し訳ないと思う程。
穏やかな気性に、柔らかな態度。こういった所がこの親子は似ている。
ここにはいない第二皇子も、翔兄だっていつも優しい。その優しさが時に苦しくなるほどに。
「本当に……何でもございませんわ。ご心配をおかけして申し訳ございません」
小美が努めて、いつも通りの笑顔を心掛けたら、皇帝はそれ以上は食い下がったりなどせず、話しを変えた。
「そうかい? 元気がないように見えたけど……ああ、もしやこの料理の中に口に合わないものでもあったかな? 小美が以前好んでいたものばかりのはずなのだけれど」
指し示された食卓に広がっているのは、常の通り、丁寧に整えられた夕餉。
特に嫌いなものなどなく、それらで顔が変わるはずもない。
なにせもし気落ちして見えていたとしたら、決して料理が理由ではないのだから。
「まぁ、陛下ったら。そのようなこともありませんわ」
たまらずくすくすと小さく笑み漏らすと、ようやく皇帝が小さく頷く。
「なら、いいけどね……ああ、そう言えば、少し前に皆で集まって午餐の場を持ったらしいね」
それに小美も参加したのだとか。
続けて、ずばり、小美が気にかかっていた紅嬪の訪いがあった日のことを皇帝が口にした。
「ええ、瑞の紹介も兼ねて。ねぇ?」
応えたのは正后だ。
視線で示された瑞は、礼儀正しく拱手する。
皇帝はそれに満足そうに小さく頷いた。
「ああ、白家の。聞いているよ。よく仕えてやってくれ」
了承の意を示す返事を受け、皇帝はそれで、その話題はしまいにしたらしい。他のことを話し始めるのへ時折、相槌を打ったりなどしながら小美は、何故だろう、その日、翔兄を思い出さずにはいられなかったのだった。
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