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53・白家当主②
しおりを挟むあの後。
紅嬪が叫ぶように小美へと慈悲を願った。
死にたくない。そう告げて。
しかし、そんなことを訴えられたとして、小美に出来ることなど何もなく、どう応えればいいのかすらわからず、何も返答しないうちに、ちょうどよくと言えば良いのだろうか、まるで図っていたかのようなタイミングで涼が戻ってきたのである。
数人の見覚えがあるよなないような宮人を連れて。
棗央宮にいる、警備の任を担っている宮人たちだった。
彼らを目にした時の紅嬪の顔に浮かんだ絶望を、小美はどう言い表せばいいだろうか。続けてすぐに滲んだ諦観を。
ひどく憐れを誘う様子に小美は何かを言いかけて、だけど結局は何も言えず。
彼らに付き添われて部屋を出る紅嬪の残した小美を窺う眼差しに、小美を責めるような色はなかったように思う。
「明妃様はやはりお可愛らしくていらっしゃいましたわね……お話をお聞き下さってありがとうございました」
そんな風なことまで言い置いて、結局何もしなかった小美を詰るようなこともなかったのである。
あんな、叫ぶように懇願しておきながら、だけどおそらく紅嬪自体、本当に小美が何かをするとは思ってはいなかったのだろう。
ならばこそ何故、と、小美に彼女の行動は全くわからないままなのだけれど。
あの日から、いつも通りの日々を過ごしながら、心の何処かで彼女のことが気にかかっていても何もできず、せず。そうして数日。
今日は以前より決まっていた、白家当主との面会日で、予定通り午後の速い時間からこうして対峙している。
目の前にいる白家当主、西王は常と変わらず、何処か気遣わしげな様子で注意深く小美を窺っているようだった。
きっと、だから小美の意識が逸れていることに気付かれたのだろうと思う。
受けた指摘に少しばかり気まずい気持ちになりながら、だけどこの人がそんなことを咎めたてたりなどしないことを、小美はもうとうに知っていた。
今も、心配だと、まるで顔に書いているよう。現に、
「何か……気にかかることがあるなら、吐き出した方がすっきりすることもあるよ」
などと、気遣うような言葉をかけてくるばかり。
見た目のまま、不快などをあらわにすることのない人物だった。
小美の父。
小美は彼との血縁を疑ってなどいない。ただ。
『表向き白家当主の嫡出子とされていらっしゃる』
紅嬪の言葉が脳裏によぎった。
表向きと彼女は言った。
なら、本当は違うと彼女は言いたかったのだろう。
それぐらいは小美にもわかった。
しかしその先だ。もし、そうではないとしたら、小美はいったい誰なのか。
西王はいつもと変わらない。穏やかにおっとりとした雰囲気を漂わせている。
小美はこの人が取り乱している様子など、これまで一度として見たことがなかった。
否、もしかしたら生まれてすぐなどはそういった場面に遭遇することもあったのかもしれないが、小美が入宮したのは二歳の時。
記憶に何かが残っているはずもない。
この人に、相談してみようかとふと思った。
だけど躊躇う。
二歳に入宮してから今までずっと欠かさず。この人は年に数度、小美の元へと訪う。
だけどそれは決して、小美が彼と親しく接せられるようになるには、どうにも足りはしないばかりなのだった。
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