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49・持ち掛けられた相談事⑥
しおりを挟む「髪色が……どうしたというのか。妾にはわかりませんけれども。そもそも、妾に出来ることなど何もございませんわ。それに妾が白家の出であることは紅嬪様もご存じのはず」
紅嬪の言葉に一つ一つ答える小美に、紅嬪も否やはないのだろう、いやに幼い仕草で首肯する。
「ええ、ええ、そう、そうですわ。貴女は表向き白家当主の嫡出子とされていらっしゃる……」
「だったら、」
「明妃様、貴女は本当におわかりになられませんのね」
更に続けようとした小美の言葉を、紅嬪が歪な笑顔で遮る。
いつもの眼差し。
小美を馬鹿にし、貶めるそれだ。
小美など、尊重する価値もないのだと、そう知らしめるような。
慈悲を、と乞うておきながら、なのに紅嬪が小美に向ける視線に含まれる色が変わらない。
昨日までと、本当に少しも。
小美にはやはりわからない。
「この後宮にいる者で、わからない者などおりませんわ。だから皆、貴女を奇異に思っていますのよ? 貴女は公主ではない。少なくとも、両陛下のお子様でないことは確かなのですもの。なのにその髪色と目をしておられる……なら、そこから導き出される答えなど、そう多くはございませんわ」
また、髪と目。
公主ではない、なのに光家の者、そして白家の出であることが表向き、とは。
明確に眉をしかめて、話についていけない小美を置いて、紅嬪は更に言い募っていく。
「ねぇ、明妃様、貴女は本当にお可愛らしくていらっしゃるんですのね。何もご存じでおられない……ここは後宮。ここで気を許せる者など、誰もおりませんのよ? 私も――……きっと、他の者も。たおやかで心あるように見える正后陛下も蒼貴妃様、玄貴妃様だって同じ。私は朱家の出ですから、そりゃ他の方よりは朱貴妃様や緋妃様は少しばかり心安くありますけど、それだけ。ねぇ、明妃様、知っていらして? 私の宮の宮人も皆、朱貴妃様が手配下さった者達ですの。実家から着いてきてくれた者もおりますけれども、それだって同じこと。私の家の主家は朱家ですからね」
それでは誰も、紅嬪の周りには彼女に寄り添うものがいないということになる。
小美はなんとなくちら、傍らを見る。
涼は何処へ行ったのか、いつの間にか姿が見えなくなっていて、だけど瑞は変わらず、飄々とした表情でそこにいた。
昨日初めて会ったばかりの瑞。
そして半年ほど前から側に控えるようになった涼。
小美は二人のことを信用しているわけではない。心を許しているわけでも。
でも、だからと言って、警戒しているというわけでもなかったし、例えば二人に対して何かを隠したりだとか、そんな風なことを思うようなことがなかった。
そのようなことが出来るとも思えない。
だが、紅嬪は今、1人で此処に来た。
それはいったいどういった意味を持っているのか。
思考を巡らせる小美の目の前で、紅嬪はどろりと歪な笑みを浮かべ続けている。
常は華やかなばかりの美貌が、今はなんだか妙に色褪せて見えるようだった。
「ねぇ、明妃様。後宮内の噂が、なぜ噂で留まるのかご存じでいらっしゃるかしら? 皆、周囲に告げることをしないからですの。後宮には警備のための宮人がおりますわね。でも彼らの役割をご存じ? 彼らは妃嬪を守る為にいるのではございませんのよ。彼らは後宮を整える為にいる。いない方が良いと判断された者はいったいどうなるのかしら。才人より上の妃妾の入れ替わりは、そう頻回ではありませんけど、それでもないわけではありませんわね。宮人なら言わずもがな。いったいどれだけの者がいなくなって、どれだけの者が新しく入宮してきたのでしょう」
人の入れ替わりがあることぐらいは、小美もわかっている。
実際、ほとんど毎日通っている棗央宮の宮人も時折見かけなくなる者や新しく見る者は存在した。
だがそんなこと、どこであってもあり得ることではないのだろうか。
皆、それぞれに事情があるのだろうから、何もおかしなことではない。なのに。
紅嬪の口ぶりでは、まるで。
「貴女だけですの。貴女だけが違う。貴女だけが私達と違う場所にいらっしゃるんだわ。皆、それがわかっているから貴女を受け入れられない。両陛下方ともなると、きっと違う心持ちなのでしょうけれども。でも」
他は皆、同じ。
それがつまり小美が、この後宮内で軽んじられている理由だとでも言うのだろうか。
紅嬪は嗤っている。歪に、歪んだ顔で。
「貴女だけが違う。貴女だけは守られている。貴女を害することなんて誰にもできない。貴女をどれほど軽んじたとしても、誰にもっ……! ねぇ、明妃様。昨夜、私の宮の入り口に鳥の死骸が投げ込まれていたの。それを皆に知られてしまったっ……! 警備の宮人も知っているのよ……ねぇ、明妃様、貴女にしかできないっ……私を助けてっ……! お願いよっ……私……私、まだ、死にたくないっ!」
叫ぶようにそう言って、わっと、ついには泣き伏せ始めた紅嬪を前に、小美はただ、顔をしかめたまま。それを見ていることしか出来ないのだった。
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