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44・持ち掛けられた相談事①
しおりを挟む小美は紅嬪に嫌われている。
少なくとも、間違っても好かれてなどいないことを知っていた。
この後宮内で、小美にお世辞にも褒められた態度ではない者など、紅嬪に限らずいくらでも存在していたがその中でも紅嬪は、あるいは一等、小美に嫌味などを投げかけて来る頻度が高かった。
つい昨日も、不快になるような絡まれ方をしたばかり。
自然、小美は彼女の、嫌悪の滲んだ笑みや、隠さない睥睨、それらに相応しく歪んだ表情以外など、ほとんど目にしたことがない。
たとえ華やかに微笑んでいたとしても。紅嬪はその眼差しに、小美への蔑みを隠さないのだ。
自分にあまりにも正直だと言ってしまってもよいのだろう人物なのだと思う。
だというのに、これはいったいどうしたことなのだろう。
今、目の前にいる紅嬪は、そんな昨日までの様子など見る影もなく、ひどく弱々しく小美の目には映っていた。
なんと言葉を駆ければいいのかわからない。
桃西宮へと至る道の端、ちょうど昨日、他でもないこの紅嬪に話しかけられた場所の近く。更に言うならば、小美自身が寝起きする、明桃宮のすぐ傍で。
まるで小美を待っていたかのように蹲っていた紅嬪は小美の姿を認めると縋るかのように更に身を伏せたのである。
いったい何が紅嬪をこうさせるのか。
確か先程、体調がすぐれない様子で午餐の場を辞していたはず。
まさか更に具合を悪くでもしたというのか。
眉根を寄せつつ無視も出来ず。
どうすればよいかと戸惑うばかりの小美に、紅嬪は消え入りそうな声で訴えてきたのである。曰く、
「どうか……どうかご慈悲を、明妃様……」
などとそう。
常の華やかな雰囲気など見る影もない。
無下にするにはあまりにも憐れなその様子に、小美は思わず、傍らの涼と瑞を窺っていた。
彼ら二人は揃って厳しい顔つきを崩さず、紅嬪を見ている。
だが、そこに敵意は見えず。率先して排除せねばと動くようではないようだと小美は判断する。
ならばいったいどうすればいいのか。
それはきっと小美自身へと委ねられているのだろう。
辺りを伺ってみる。
他に人影はない。
午餐の席では、紅嬪につき従っていた宮人の姿も、どこにも。
後宮内は確かに、妃嬪が1人で動くことを咎められるような場所ではない。
だがその実、宮人の一人も伴わないなどと言うことはそう多いことではなかった。
そうは言いつつ昨日も紅嬪は一人だったようだけれども、その時だって珍しいと思ったものである。
実はここを更に進めば桃西宮に至れはするのだけれど、多くの者が通る道とは言い難く、それもあってこの辺りはあまり人通りの多い場所ではなかった。
だけども決して、全く誰も通りかからないなどと言うことはない。
こんな、言ってしまえば誰が見るやもわからないような所でこんな風に蹲っているだなんて。
小美は微かに息を吐いた。
息を吐いて、そして。
「――……紅嬪様。ひとまずは妾の宮へ。そちらでお話を伺いましょう」
何時までもここでこうされていても仕方がないと、そう声をかけるより他になかったのだった。
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