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43・不穏な噂④
しおりを挟む送る、とは言っても。
いくら広い後宮内とは言え、それほどの距離などあるわけもない。
その上、ここしばらくは疎遠になっていた相手である。
話が弾むだとか言うわけもなく、時折、蒼貴妃より話しかけられては控えめな相槌を返すのみ。
口に乗せられる話題も、先程までの午餐の場でのそれより大きな違いなどなく、やれどこそこの花が咲いたのを知っているか、だとか、栗北宮に新たな宮人が入ったようだとか。
その宮人の年齢がどうやら小美と近いようだから、気が合うのではないかなどと言われても。
そうですね、と以外なんと返せばよかったのだろう。
気づまり、とまで行かずとも、居心地のいい雰囲気とは到底言い難く、しかし蒼貴妃はふわふわと穏やかに微笑むのみ。
そんな時間にいったい、どのような意味があったというのだろう。
遠ざかる後ろ姿でさえ年齢を感じさせない蒼貴妃を見送りながら、小美は何とも言えない気持ちを持て余していた。
当然のように幾人かの宮人を従えた、これまで幾度も見てきた背中だ。
吐いた溜め息の残滓が消えてもいないうちに、小美は改めて前へと向き直った。
変わらず涼と瑞が傍に。
憂鬱な小美とは裏腹に、二人には欠片ほども、例えば不機嫌そうだったりなどと言う様子は見えない。
ただ、内心を表に出していないだけなのか、それとも。
今の、蒼貴妃との時間をむしろ歓迎しているとでも言うのだろうか。
なんとも思っていないだけかもしれないけれども。
特に何を言うでもなく歩き出す。
とりあえずは自分の宮に戻ろうと思ったのだ。
午後の予定は何も決まってはいないし、特に行きたいと思うような場所もない。
昨日と同じように、資料庫に向かってもよいのだけれど、さて。
そうして歩みを進めながら、頭に巡らせたのは先ほどまで参加していた午餐の場でのこと。
決して楽しい時間でなどなく、気が重いばかりで、だけど例えば正后や蒼貴妃、玄貴妃と昼食を共にすることそのものが嫌なわけではないのである。
その他の妃嬪たちはともかくとして。
特に初めのうち、指すような敵意を向けてきていたのは朱貴妃の近くにいた妃嬪たちだっただろうか。
小美の立場上主人となる皇帝はもう年の頃60を迎えたはずだ。
在位期間も長く、そろそろ次代へという話が出始めているとも聞く。
実際、皇太子である翔兄は皇帝が即位した年齢を疾うに超えていた。
後宮に住まう妃嬪たちの年齢は揃っていたりなどしないのだけれど、それでも四貴妃ともなれば、皇帝の年齢に合わせて、それなりに長く生きている者が多かった。
例えば、正后で皇帝より十ほど下で、蒼貴妃と玄貴妃はそれよりも上、白貴妃が35、朱貴妃は更に若く、それもあってか、少々落ち着きが足りないところがあった。
性質も苛烈で、激昂しやすいとも聞く。
十年ほど前までは他の者が貴妃の位にいて、その者が後宮を出たからこそ、貴妃の座に着いたのだったはずだ。
朱家の者に相応しい、激しさと瑞々しさを兼ね備えた貴妃。
だからというのもあるのだろうか、小美に対してひと際厳しい態度を取るのは朱家を後ろ盾とする者に多く、紅嬪などもその一人。
朱貴妃の実妹となる緋妃が打って変わって穏やかな気性であることが不思議なほど。
雰囲気の違いからは一見そうは見えないけれど、実は顔立ちなどはよく似ている、非常に美しい姉妹だった。
そんな彼女らからの視線も途中から離れ、銘々で話されていた噂は、さてどんなものがあっただろうか。
先程蒼貴妃の言っていた新しい宮人のことや、他愛のないものなど。
才人以上の妃嬪ならともかく、宮人ともなると、それなりの入れ替わりが常にある。
今日の午餐の場でも、初めて見る者が幾人かいた。否、むしろ。
思考が巡る。
思い返す。
正后に退室を促される少し前から、囁かれていた噂に不穏なものが混じっていたような。
誰かが、この後宮内で襲われていただとか、そんな。
小美はいつの間にか寄っていた眉根もそのままに、傍らに控える二人に視線を向けた。
小美は正直、自身が噂などに詳しくはない自信がある。
だけどこの二人は違うはずだ。だから。
「ねぇ、涼、少し聞きたいのだけれど、」
あの時、聞こえてきた噂について。
確かめる為にも、訊ねようとした、その時だ。
「明妃様」
小美の問いかけを遮るようにかけられた厳しい呼びかけ。
「涼?」
剣を帯びた視線のその先を追う。
次いで目にした人影に小美は驚いた。
何故なら、そこにいたのは、これまで見たこともないほど情けない顔で蹲る紅嬪の姿だったのだから。
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