上 下
43 / 96

41・不穏な噂②

しおりを挟む

 儚くなるとは、随分控えめな表現だが、つまり誰かの姿が見えなくなったということだ。
 否、実際に動かなくなっている様子を目にしたのだとか。
 他にも、襲撃にあっただとかまで聞こえてきて、小美シャオメは知らず眉根を寄せ、耳を澄ませた。
 正しくは、耳を澄ませようとした。だけど。

「小美」

 正后から呼びかけられ、自然に意識がそちらへと向く。
 視線の先で正后は、柔らかく、いつも通りの表情で笑っていた。

「今日は無理を言ったわね。もう食事も済んでいるようだから構わないわよ」

 手がすっかり止まってしまっていたことに気付いたのだろう。
 あるいは少し前からわかっていて、頃合いを見計らってでもいたというのか。
 構わないとはなんとも婉曲的な言い方にも思えるが、おそらくは退室を促していると受け取ってよいのだろう。
 小美は小さく首を傾げながら、だけどそもそもこの場にいつまでも居続けたいわけでもなく、退室できるというのなら、すぐにも辞したいのは正直なところで、意地を張るような気持ちだって少しもなかったので小さく頷き、なんとなく近くに控えるリァンルイに目配せする。
 二人とも特に異論などないのだろう、涼はいつも通り、何かを思っているような様子など見せず、瑞は瑞で視線があった途端、にこと他意などなさそうな様子で笑って見せた。
 その笑みの理由までは小美にはわからなかったけれど、いずれにせよ気にしなくていいということなのだろう、小美は正后に向き直って小さく微笑む。

「でしたら、お言葉に甘えて」

 素直に首肯した小美に正后は満足そうに目尻を下げて柔らかな笑みで返した。
 正后とのそんなやり取りがいっそ密やかなほど静かに交わされたのが功を奏してか、その場に満ちるざわめきは先ほどから少しも収まっていはいない。
 話題も多分きっと変わってはいないだろうとは思うのだけれど、それぞれが数人ずつと言えば良いのか、混ざり合った内容はすっかり判別できなくなってしまっている。
 皆、自分たちのおしゃべりに夢中なのだろう、あるいは小美になど注意を払う価値すらないとでも思っているのか、退席する小美を見咎める者など誰もいなかった。
 食事は誰もがおそらく、あらかた終わっているように思えるのだけれど、まだこのまましばらく、他の者は話を続けるのだろう。
 正后が促さない限りはきっと散会などしない。
 だから密やかに席を立った小美を蒼貴妃が追ってきたのは小美にしてみれば全く思ってもいないことだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

処理中です...