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40・不穏な噂①
しおりを挟む「蒼貴妃様、もう、この辺で……」
そう、控えめに小美が口を開いたのは、棗央宮を出て、桃西宮の方へと向かう路地に差し掛かった時のことだった。
小美が起居する明桃宮はもう少し先となるのだが、まさかそこまで送らせるつもりなどはじめからない。
この場にいるのは対峙している小美と蒼貴妃。
そして小美の後ろに控える涼と瑞の二人。他にも蒼貴妃につき従っている宮人が数人。
広い路地なので狭いなどと言うことはないのだが、普段、涼と二人で動くばかりの小美からしてみると、大げさなほど多い人数になってしまったようにしか思えない。
瑞の入宮はつい昨日のことなので、3人で行動することにすら慣れていないというのに。
そもそも、なぜこんなことになったのか。
「あら、そう? なら私は戻るけれども。ぜひ、今度は李東宮の茶会にも参加なさいね。あとで招待状を持たせるから」
などとおっとりと告げてくる蒼貴妃に、
「ええ、是非に」
などと、にこやかに笑んで返しながら、内心では断れないものだろうか、と溜め息を飲み込むのが精いっぱいだった。
ああ、本当になぜ、と。
苦々しい心境など微塵も表情には出さないまま、小美は、棗央宮へと戻るのだと言う蒼貴妃の背を見送って、ひっそりと、だけど今度こそ改めて溜め息を吐かざるを得なかった。
時間は少し前にさかのぼる。
棗央宮の一番大きな広間での午餐の場。
紅嬪が退席してしばらく後のことだ。
小美は正后や蒼貴妃、玄貴妃から話を振られたときのみ言葉少なに返事をして他はただ黙って、目の前の全をちまりちまりと片付け続けていた。
妃嬪たちのさざめくような噂話が聞くともなく耳に入ってくる。
やれ、どこそこの庭に花が咲いただの、最近呼び寄せた楽師についてなど。
あるいは新しい宮人や官吏の話だとか。
どれもこれも小美にとっては、たいして興味も持てないものばかり。
くだらない、などとは間違っても口にはせず、静かに食事を進めるばかりだった小美が、そろそろ食事を終えようかと思い始めた矢先のことだった。
かすかに聞こえてきた妃嬪たちの噂話の中に、何やら不穏なものが混じり始めたのである。
そう言えば、だとか、このあいだ、だとか。
ひそひそと小声で交わされるそれらを明確に聞き取れたわけではない。だけど、誰かが儚くなっていただとか言う言葉が聞こえてきたからには、気にならずにはいられなかったのだ。
その上、改めて耳を見ませてみると、そういった話はどうも一つではないようだったのである。
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