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16・資料庫にて
しおりを挟む幸いにしてか誰かと会うこともなく、小美はその日一日、資料庫で頭に知識を詰め込んで過ごした。
一度、昼食に中断したがそれだけ。午後も戻って紙をめくって。だが。
小美はこの時間がほとんど無駄であることを知っていた。
詰め込んだ知識のほとんどは使われることなく、小美の脳の容量を圧迫していくだけ。だけど小美にとってはそれこそが目的である。
新しい知識や新しい見解で思考を満たしている時ばかりは、その他のことなんて何も考えずにいられた。
後宮での自分の立場、今までの自分自身、皇帝陛下や正后陛下の自分への扱い、いつも自分の傍にいる涼についてや、それ以外。そして何よりも、翔兄のことを。考えずにいられる時間が欲しかった。
翔兄。
涼を見ると、どうしても思い出してしまう。だって同じ顔をしているのだ。
他の人にそう見えなかったとしても小美にとってはそう。
「明妃様」
陽が落ち切って、手燭なしでは手元の字も判別できなくなってきた頃、夕食の促しだろう、声をかけた涼の声に、小美はようやく顔を上げた。
そこで初めて、当たりがすっかり暗くなっていることに気付く。余程集中していたらしい。通りで、少し前から文字が見えづらいと思っていたのだ。
「もう、そんな時間なのね」
溜め息を吐いて本を閉じた。
今手に持っていたのは、この国の歴史を再編した本で、同じような資料はすでに読んだことがあり、行っていたのは自分の知識との照らし合わせのようなものでしかなく、特に続きが気になるようなものではない。文字から目を離すのに躊躇いなどなかった。
辺りに数冊、いつの間にか散らかしてしまっていた書物を抱えて立ち上がる。
手早く片付けるのを、涼は何も言わず手伝ってくれ、しっかりと戸締りをしてから資料庫を出た。
小さい頃から後宮で育った小美は、資料庫の管理をしている者とも当然顔見知りで、鍵を預かれる程度には信頼されている。
今日も一声かけるだけで一人こもる小美を、過度に構うでもなく放っておいてくれて。一応と鍵を返しがてら声をかけ挨拶を交わすと、担当の宮人は笑顔で鍵を受け取って、またいつでも利用してくれと心安く言葉を寄越した。
そもそも小美のような頻度で資料庫を利用する妃妾など他にいないのである。
他の皆の関心が高いのは自分を着飾ることばかりで、小美には全く興味の持てないものに他ならなかった。
それについては正后にも少し、苦言をもらうことすらあるのだけれど。そんな気になれないのだから仕方がない。
第一いったい誰が着飾った小美を見るというのだ。小美にとっては、見せる相手などいもしないのに張り切ることこそ、滑稽に思えてならなかった。
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