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11・今日の予定
しおりを挟む「明妃様。本日はどうなさいますか」
涼はまるで小美付きの宮人のようだった。
正しくは別に、小美専属というわけではない。
だが、実際の行動はそうだ。
当然のように、仕事は他にもあるらしく、いつも常に小美の傍に控えているというわけではなかったけれど、それでも多くの時間を、小美は涼と過ごすようになっていた。
朝食の後、棗央宮からの帰り道、涼にそう訊かれて小美は一つ、溜め息を吐いた。
「どうもこうもないわ。予定など何もないもの」
今日は手習いなどがある日ではなかった。
後宮にいる妃妾は希望すれば、本人が望むだけの教育が受けられるのだ。
ちなみに希望せずとも最低限の勉学は強制される。
しかし、そもそも幼い頃から後宮で育った小美には今更新しく習うことなど何もなく、今ではもう正后が進めるまま、いくつかの手習いを教わるだけ。
今日のように予定が何もない日も決して珍しくはない有様だった。
もっとも、そもそもからしてどのような手習いであったとしても、きっと後宮から出られない小美には意味などないと、小美本人は思っている。
小美の答えを受けて、涼はしばらく何事かを考えているようだった。
ややあって、ではと、口を開く。否、開こうとした。
「では、本日は宜しければ、」
「あら、誰かと思えば明妃様じゃありませんの」
しかしそれは横側から聞こえてきた女性の声に遮られた。
すでに小美の起居する明桃宮のすぐ近く。辺りには人通りがないとまでは言わないけれど、かと言って一番近くの宮には今は誰も起居していなかったはず。
ここを通りかかるのなど、用がある宮人ぐらいしかいないはずだった。
だが、聞こえてきた声は宮人ではない。そして聞き覚えがあった。
「紅嬪様」
朱家の関連する家門から後宮に入った嬪である。
彼女のいる宮は南側にあり、西寄りにあるこの辺りには間違ってもいるはずのない人物だった。
どのような用があってここに。
つい、小美の眉が険しく寄る。
「あら、そのように恐ろしい表情をなさらないで。お可愛らしいお顔が台無しですわ」
紅嬪はほほと華やかに笑った。
艶やかな黒に近い赤い髪に、やはり黒に近い赤い瞳をしている。
その色味は、苛烈な彼女の性質をそのまま表してでもいるかのようだった。
装いの端々までもが赤い。
それでいて華やいだ美貌は、彼女の主人とも言うべき朱貴妃にも勝るほど。
もっとも、随分と分厚く塗りたくった化粧が彼女をそう見せているという風にも受け取れる程度ではあるのだけれど。
お可愛らしい、の言葉に、子供っぽいとでも言いたげな響きが籠っていた。
確かに、間違っても彼女は少女には見えない、成熟した女性である。匂い立つような色気もあった。
だから何なのかとも同時に思ってしまったけれど。
厄介な人間に声をかけられた、と、小美は心の中でこっそりと、溜め息を吐かざるを得ないのだった。
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