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2・不相応な官位
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ぼんやりと目を覚ました小美は、はぁと大きく溜め息を吐いた。
いつかの記憶はひどく曖昧で、しかし驚くほど色鮮やかだ。
最近はこんな朝ばかり。
理由など知れている。
「明妃様、身支度のお手伝いに参りました」
「涼」
まるでタイミングを見計らったかのような軽い一応のノックと共に、今朝も小美の元へと訪れたこの男。
涼という呼び名の、皇太子の影武者であるらしい宮人が、こうして毎日毎晩毎朝、小美の前へと顔を見せる為だった。
小美は苦み走った顔で涼を睨む。見れば見るほど、この国の皇太子に似ていた。違うのは髪の色ぐらいだろうか。
皇太子は濃く艶やかな青髪であるのに対して、この男の髪は鮮やかな紫色をしているのである。
髪色が鮮やかだということはきっと、魔力量が多いのだろうけれども。
そんなに魔力量が多いというのなら、術部にでも入ればいいものを。わざわざこんな後宮なんかに呪で寿命を縮めてまで来て、皇太子殿下の影武者だなんて。
否、だからこそなのだろうか。あまりにもそっくりすぎて、そちらでは働けなかったのかもしれない。
それはそれとして、小美の側仕えのようなことをこうして行おうとすることは全く理解できなかったけれど。
「いつも言っているでしょう? 妾に手伝いなど不要です」
だから、小美はツンと言い放つ。
実際、涼が来るまで、朝に小美の元を訪れる宮人などいなかった。幼い頃ならともかく、小美も別に今更、そんなものを必要としていない。
「ですが、明妃様。明妃様は正二品の妃でございます。身支度のお手伝いは必要かと」
後宮内での表向きの小美の官位を上げ連ねられて、小美は思わず鼻白んだ。
これもまた毎朝の問答で、涼から毎朝、聞いていることではあるが、何度聞いたって、小美にはバカバカしいとしか思えない。だからこそはっきりとそう口にする。
「何処にそんな必要があるというのです。皇帝のお渡りなど来たことのない妾に」
むしろ小美を貶めているのではないかとすら感じられる。
正二品の妃? それがなんだというのだろう。
後宮は皇帝の寵を競う場所だ。寵のない妃に居場所などあるはずもないではないか。
「そうはおっしゃいますが、明妃様の現状は、両陛下方も大変憂いていらっしゃって、」
「憂いて? ふふ。あはははは」
涼の言葉に小美は思わず声を立てて笑っていた。
そうだろう、そうだろうとも。
先程、寵がないと表したが、別に小美はここで冷遇されているわけではない。
ただ、皇帝の渡りなど一度も来たことがないのは本当で、それがゆえに、少々宜しくない行いをする宮人が存在していることは確かだった。
そして小美はそれを両陛下方になど告げず、甘んじて受け入れている。
それこそが自分の立場に相応しいと、そう考えているからである。
曖昧で浅ましいこの身に両陛下方からのお情けを頂くだなんて、あまりにも恐れ多すぎて。それは小美が、もう大人へとなってしまったが故のことだった。
いつかの記憶はひどく曖昧で、しかし驚くほど色鮮やかだ。
最近はこんな朝ばかり。
理由など知れている。
「明妃様、身支度のお手伝いに参りました」
「涼」
まるでタイミングを見計らったかのような軽い一応のノックと共に、今朝も小美の元へと訪れたこの男。
涼という呼び名の、皇太子の影武者であるらしい宮人が、こうして毎日毎晩毎朝、小美の前へと顔を見せる為だった。
小美は苦み走った顔で涼を睨む。見れば見るほど、この国の皇太子に似ていた。違うのは髪の色ぐらいだろうか。
皇太子は濃く艶やかな青髪であるのに対して、この男の髪は鮮やかな紫色をしているのである。
髪色が鮮やかだということはきっと、魔力量が多いのだろうけれども。
そんなに魔力量が多いというのなら、術部にでも入ればいいものを。わざわざこんな後宮なんかに呪で寿命を縮めてまで来て、皇太子殿下の影武者だなんて。
否、だからこそなのだろうか。あまりにもそっくりすぎて、そちらでは働けなかったのかもしれない。
それはそれとして、小美の側仕えのようなことをこうして行おうとすることは全く理解できなかったけれど。
「いつも言っているでしょう? 妾に手伝いなど不要です」
だから、小美はツンと言い放つ。
実際、涼が来るまで、朝に小美の元を訪れる宮人などいなかった。幼い頃ならともかく、小美も別に今更、そんなものを必要としていない。
「ですが、明妃様。明妃様は正二品の妃でございます。身支度のお手伝いは必要かと」
後宮内での表向きの小美の官位を上げ連ねられて、小美は思わず鼻白んだ。
これもまた毎朝の問答で、涼から毎朝、聞いていることではあるが、何度聞いたって、小美にはバカバカしいとしか思えない。だからこそはっきりとそう口にする。
「何処にそんな必要があるというのです。皇帝のお渡りなど来たことのない妾に」
むしろ小美を貶めているのではないかとすら感じられる。
正二品の妃? それがなんだというのだろう。
後宮は皇帝の寵を競う場所だ。寵のない妃に居場所などあるはずもないではないか。
「そうはおっしゃいますが、明妃様の現状は、両陛下方も大変憂いていらっしゃって、」
「憂いて? ふふ。あはははは」
涼の言葉に小美は思わず声を立てて笑っていた。
そうだろう、そうだろうとも。
先程、寵がないと表したが、別に小美はここで冷遇されているわけではない。
ただ、皇帝の渡りなど一度も来たことがないのは本当で、それがゆえに、少々宜しくない行いをする宮人が存在していることは確かだった。
そして小美はそれを両陛下方になど告げず、甘んじて受け入れている。
それこそが自分の立場に相応しいと、そう考えているからである。
曖昧で浅ましいこの身に両陛下方からのお情けを頂くだなんて、あまりにも恐れ多すぎて。それは小美が、もう大人へとなってしまったが故のことだった。
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