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エピローグ
X-X・エピローグ、もしくは幸福の
しおりを挟むティアリィが苦しんだあの数日間は何だったのかと思うぐらい、ティアリィは元通り僕の魔力を受け付けてくれるようになって、その後は何事もなく過ぎた。
子供も予定通り生れ落ちて、そもそものティアリィと僕が諍いの原因となったピオラは僕達の第一子として、生れた子供はその弟して育てていくこととなった。
なお、ティアリィとあれほど一緒にいたピオラはティアリィが臥せっている間、どうやらジルサ公爵家の方で預かってくれていたらしい。僕は正直それどころではなく、まったく彼女に注意を払えていなかったので、後になって、ルーファ嬢から聞いたというティアリィに逆に教えてもらうような有り様で、それで少し、ティアリィにも叱られたのだけれど。
でも僕としては、彼以上に大切な物なんてないのだから、仕方がないとも思うのだ。
一応、ピオラを引き取るに当たっては、ティアリィ一人が張り切るのではなく、侍女の手は借りれるだけ借りること、専用の侍女を数人選出した上、必ず一人は傍に控えさせることなどいくつかの条件をティアリィにも飲んでもらった。
本人に自覚はないかもしれないが、何せティアリィは子供が好きなのだ。放っておいたら時間の許す限り子供に構い倒して、僕こそが放っておかれてしまう。
大人げないと言わないでほしい。好きな人に構ってほしい心理など、別におかしなものではないはずなので。
時折、構い過ぎだと注意してしまうのは僕の情けない嫉妬心ゆえだ。彼はその度に不満そうに、ルーファほどでもないなどとほとんど彼が育てたとも言える彼の妹を引き合いに出してくるのだが、あれは例外というものだろう。たとえ親であってもあんな、クローンのような魔力になるほどべったりと育てたりなどしない。むしろ、親だと父親と母親の二人となるので、片親だけに似ることなど早々ないのだ。
ああ育たれたら逆に困る。
それは僕たちの実子である、ニアセプディアと名付けた男の子とて同じだ。僕が名付けた名前だった。『絶えることのないもの』を指す古い言葉。
そうして、子供を持って。あと僕が出来ることは限られている。周囲にティアリィが僕のものであると広く今まで以上に周知すること……つまり、婚姻式である。
よく晴れた日だった。
今日という日に相応しい。天候さえ僕達を祝福してくれているかのようだ。
王都中から上がる歓声が、この王宮まで轟くように響いてくる。今日のことは広く公示していて、普段は閉ざされている王宮も前庭までを開放して、バルコニーに出て国民に対するお披露目のようなことをする予定があった。それに対して、民があふれんばかりに駆けつけてくれている。
全てが僕達を祝して。有難いことだと思う。得難い幸福の象徴にも思えるほど。これほどまでの祝福など、やはり嬉しい。
僕はいくつかの確認事項などを済ませて、ティアリィを迎えに行く。今日の衣装だと、僕より彼の方が時間がかかるものなので、支度が全て終わるまでは別に動くこととなったのだ。
だから、もう昼も近い時間だから、彼を見るのは朝、別れて以来、実に数時間ぶりだった。
すでに籍は入っているし、婚約式も済ませてはいるが、今日は改めて教会でそれぞれにこれからの人生を誓う日。緊張に早く鳴る鼓動など、自分でもらしくないとは思ったがこれもやはり仕方がない。
単純に楽しみで楽しみで。子供のように浮かれている。
僕が選び抜いた衣装を身に纏ったティアリィと会うのも楽しみだった。
どれほど美しいことだろうと思うと、そわそわと足が勇んだ。
辿り着いた部屋の扉を、軽くノックする。誰何を待たずに開いた扉の先には、こぼれんばかりの光であふれていた。
「ティアリィ」
彼の名前を呼びかけて。だが、それだけで僕は言葉を失ってしまった。
思わず見惚れる。ようやく会えた彼の美しさは予想以上のもの。白を基調とした騎士服にも似たデザインの盛装は随所にレースやフリルがあしらわれていて、可憐な彼の美貌を引き立てている。ほっそりとした彼には少し女性めいたラインさえよく似合って。この一年をかけて伸ばされた髪は細かく編み込まれ、ベールとティアラで飾られていた。
控えめにつけられた質のいい幾つもの宝石も光を弾いて。キラキラと瞬いている。まるであの日の星のよう。ただひたすらに美しい。
「殿下」
ティアリィが僕を見て柔く笑う。僕は眩しさに目を細め、呆けたようにほうと一つ、溜め息を吐いた。
「ああ、なんて言ったらいいのか……キレイすぎて。上手い言葉一つも出てこないよ」
今の彼を表すのに、言葉なんかでは到底足りないほどだ。
あれ以降、努めて僕は気持ちを言葉にして伝えるように気を付けているから、こんな言葉など聞き慣れていてもおかしくないティアリィは、しかしいつまでも慣れず、今のようにいつも頬を赤く染めて照れを隠さない。
「っ……! ……どこが何だか。目が悪いんじゃないですか」
可愛くない悪態も、しかし可愛いばかり。彼は自分の容姿に、いまいち自覚がないようだから、容姿を褒めるといつも、僕のことを残念な物でも見るような目で見てくるのだ。
そんなところも本当にかわいい。
近づいて、何とも言えない顔をしている彼の頬にそっと手を添えた。ゆるく抱きしめる。せっかく整えられた衣装を、崩さない程度の力で、囲うように。
「相変わらず君は素直じゃない。否、自分のことをちっともわかっていないせいかな? よく似合っているし、君は美しいよ」
「知ってます? そういうの、あばたもえくぼって言うんですよ」
「惚れてしまえば、って? アツコが言ってたね。君が美しいことなんて、一般論なんだけどね。でも、僕が君に心底惚れているっていうのは、信じてくれるようになったんだ?」
否、元から疑っていたわけではないだろうけれど、多分、僕が思うほどには強い気持ちだとまでは思ってくれていなかったようだから。
そっと囁きを耳元に吐き出すと、もとより染まっていた頬をティアリィはますます赤く火照らせて。
「……貴方はやっぱり意地悪だ」
唇を尖らせて、小さく呟いた。本当にかわいい。
僕の頬が自然と緩む。かわいくてかわいくて。
こんなティアリィが今日、本当に改めて僕の伴侶となってくれるのだ。
それはなんて幸運なことなのだろうか。
「かわいいね、ティアリィ。さぁ、そろそろ行こうか。迎えに来たんだよ」
すでに時間が押している。
「民も待っている。あの歓声が聞こえるだろう? あんまり遅いと暴動にでも発展しそうだ」
「何言ってるんだか」
いたずらっぽく片目をつむると、ティアリィも小さく笑みをこぼした。
細い手を取る。大切にそっと握る。
遠く、近く。いまだ外に響く歓声は少しだって収まる様子が見えない。きっと、今日は一日収まりやしないのだろう。
導くように歩き出す。
少し緊張している様子のティアリィにどうしようかと一瞬考えて、この機会にと、前々から思っていたことを彼に訊いてみることにした。今更と言えば、本当に今更なのだけれど。
そう言えばと口を開く。
「君はいつまでも僕を殿下と呼ぶけれど。どうして名前では呼んでくれないの?」
僕の弟や妹のことだって、君は名前で呼んでいるのに。僕と君は夫婦のはずなのに。
口調が自然、拗ねたようなものとなってしまった。
そんな指摘を受けるとは全く思っていなかったのだろう、ティアリィがぱちりと一つ目を瞬く。次いで気まずそうに視線を彷徨わせた。
「今日から正式に夫婦になるんだから、出来ればいい加減、名前で呼んでほしいのだけど」
流す視線で窺うと、ティアリィは恥ずかしそうに少し、顔を歪めている。ややあって小さく口を開いた。
「ミスチアーテ皇太子殿下」
内心で笑う。初めて呼ぶ呼び方がそれって。でもそれは顔には出さないで、ふるりと首を横に振った。
「どうして遠ざかるかな。ほら、愛称で」
そんな、他人行儀な呼び方ではなく。
ティアリィはもごもごと躊躇って、躊躇って。
「ミスティー殿下」
小さく、消え入りそうな声でそう、僕を呼んだ。
かわいい。ああ、本当に。このかわいい生き物をいったいどうすればいいのか。でも、せっかく名前で呼んでもらうのだから、それでは足りない。
「君も殿下じゃないか。ティアレルリィ皇太子妃殿下」
殿下、なのはティアリィも一緒だ。笑う僕をティアリィが恨みがましく見上げてくる。上目遣いも、本当にかわいい。
しだいに腹が立ってきたのだろう、ティアリィは頬を膨らませて。
「ミスティー」
やけっぱちのようにそう、僕を呼ぶ。僕は声を立てて笑って、もう一度と促した。
「ミスティー」
「もう一度」
「ミスティー」
「もういち、」
「あ~~~、もう! いい加減しつこい! ミーシュ!」
何度かのやり取りの後、ついに吐き捨てられた最後の呼び名は、皆に広く呼ばれている愛称ではなく。
ああ、それは。
僕の胸に、何とも言い難い気持ちが広がっていく。それの名前は、きっと、幸福だ。
僕は驚き、一瞬、ぱちりと目を瞬かせて、次いで笑った。込み上げてきた幸福感はどうにも照れ臭く、だけどどうしようもなくあたたかくて。だから。
「なぁに、ティーア」
そう、同じよう、幸福の形で呼び返した。
満ちる。
ようやく、満ちていく。
よく晴れた日だった。
空は青く、輝いている。
それは、君も。
……――光り、輝いて。
Fine.
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