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4・これからの為の覚悟

4-13・僕の後悔と彼の妹

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 どうしてこんなことになったのだろう。
 わからなかった。否、本当はわかっている。
 僕が彼を、諦めればよかった?
 まさか。それこそ、まさかだ。だが、が、急ぎすぎたのは本当だった。
 ベッドの上、ぐったりと意識のないティアリィを見る。
 辛いのだろう、苦しいのだろう、痛いのだろう。ぎゅっと、身悶えるよう、歪んだ顔が憐れだ。彼はいつだって凛として、ずっと、ずっと美しかったのに。
 
 場所は彼の寝室、僕はその寝台の脇に跪いて、彼の手をぎゅっと握っている。
 品のいい、それも最高級の調度品や家具で整えさせた部屋は、我ながら彼に似合っていると自負している。だが、彼がこんな風に臥せっていたら、それらは途端に色褪せて。
 肌触りのいいシーツの上に、彼の透き通るような銀髪プラチナブロンドが散っていた。
 美しい、髪なのに。今は少しだけ荒れて、なんだかくすんでいるようだ。
 頬に影を落とす、長い睫毛が震え、ゆらり、彼が首を横に振る。
 僕は、はっとして彼の手を握る自分のそれにますます強く、力を込めた。
 意識して、そこから流し込む僕の魔力。だがそれは、彼には馴染まず空気に溶けていく。
 彼は苦しげに呻き、だが、意識は取り戻さないまま。
 ああ。
 僕は、泣きたくなる。

 どうして、こんなことになったんだろう。
 どうして。
 それは、きっと。

 僕が悪い。

 それだけは、わかっている。

「ティアリィ」

 彼の名を呼ぶ僕の声は、震えていた。
 もう、限界だった。わかっているのだ。医師に言われずとも、わかっている。
 僕がこうしてついていたってどうにもならない。わかっている。わかっていても、こうせずにはいられなかった。ティアリィの苦しみを、なすすべもなく眺め、今もこうして彼の手を握るだけで。どれだけ魔力を注いでも、霧散しては意味がない。僕の魔力では、意味がない。
 苦しかった。悔しくて、遣る瀬無くて、辛くて。そして悔いている。僕自身の今までの行動を、僕は悔いて。

「ティアリィ」

 何度、彼の名を呼べば、彼は持ち直してくれるだろうか。きっとそれにも意味はない。彼の生命いのちは、彼の枯渇しきった魔力に呼応するように儚く、僕にはゆらり、霞んでさえ見えた。
 ああ、ティアリィ。
 そうして祈るよう彼の手を握っていた僕は、こんこんという扉をノックする音に顔を上げる。
 時計を確かめて、もうこんな時間かと息を吐いた。
 彼の妹を呼んでいたのだ。
 ティアリィに。魔力を、注いでもらうために。
 僕の両親や彼の外の家族でもよくはあったのだが、彼の妹は魔力的な意味ではほとんど彼のクローンに近く、魔力量そのものこそ比べ物にならないが、魔力の特色のようなものに大きな差はなく、加えて彼女は治癒魔術を得意としていた。
 それらの理由からしても、初めに呼ぶのは彼女をおいて他にいないと、僕は判断したのである。
 部屋に入ってきたルーファ嬢は、僕の予想に反していつも通りの穏やかな顔をしていた。ティアリィが心配でないわけはないのに、どうしてだろう。彼女にはいったい何が見えているというのか。

「ごきげんよう、殿下。お久しぶりですわね」

 にこりと微笑む彼女に、僕は戸惑いながらぎこちなく笑みを返す。

「ご機嫌では、ちっともないけどね……呼び立ててすまない。よく来てくれた、ルーファ嬢。こちらへ」

 自分が今までいたベッド脇の椅子に、彼女を促す。ルーファ嬢は苦しげに呻くティアリィを見て、流石に気づかわしげに眉根を寄せた。

「お兄様……」

 ルーファ嬢が、ティアリィの手を取る。たった今まで、僕が握っていたたおやかな力ない手だ。それを、更に淑やかな彼女の手が握って。
 僕はそれを見つめて一瞬、そっと目を伏せた。
 苦いものが胸に広がり、だが、どうしようもないと小さく首を横に振る。
 仕方がない。仕方がないのだ。今は。

「じゃあ、ルーファ嬢。僕は席を外すから」
「ええ、わかりましたわ。お兄様に、魔力をお送りすればよろしいのでしたかしら」
「ああ。それで頼む」
「お任せくださいませ」

 見ていられない、というわけではなく、初めから僕は席を外すつもりで、彼女にもそう伝えていた。
 予定通りに、と告げると彼女が頷いてくれたので、僕は部屋を後にする。
 扉の隙間、天蓋の影で。ティアリィに、さっそく魔力を流し始めるルーファ嬢を横目に見た僕は。ようやく苦労して、目を逸らしたのだった。
 バタン、扉が閉まる。それは、今ばかりはまるで、僕と彼ら兄妹を、どうしようもなく隔ててしまう境界線にも思えてならなかった。

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