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4・これからの為の覚悟
*4-1・拒絶と結実
しおりを挟む「殿下、殿下。ダメです、殿下」
ティアリィが拒む。だけどそれは口先だけ。その証拠に、
「どうして?」
にっこり笑って問いかければ、口を閉ざして目を逸らした。
「……就業、時間中です」
ようやくティアリィが絞り出した声は小さく、到底、僕を止められるようなものではない。だから僕は。
「大丈夫。仕事は終わらせるよ。遅れたことなんてないだろう?」
調整など、いくらでもできる。それはティアリィもわかっているはず。僕が、一歩も譲る気がないのを理解したのだろう、ティアリィはそれ以上言葉を続けず、やがて小さく俯いた。それは何処か、頷いたとも見える仕草で。それを見た僕は笑んで彼へと唇を寄せて。耳朶を食んで魔力を流す。
「ぁっ……」
小さな声を上げながら、ティアリィが四肢から力を抜いていった。
いつも通り。否、いつも通りになってしまった。こうして仕事中にティアリィに迫ることを、そのままなだれ込む行為ごと、僕は通常としてしまった。
ティアリィからの抵抗など、先のような口先だけのものばかりで、もう一歩でも僕が強請ると、それ以上は拒むことさえしない。
口でだけなら幾度も微かな抗いを受けてはきたが、そもそも、本当に拒絶するつもりのティアリィに、僕なんかが強引に何かを出来るはずがないのだ。
確かに僕には譲る気がない。だけど、ティアリィには本来そんなこと関係ないはずなのだ。僕とティアリィの関係性においても。僕とティアリィの実力差、という意味でも。立場は、確かに僕は王族なのでそういう意味では強いかもしれない。だが、ティアリィだって、それに匹敵する地位は持っている。正直な話、彼には最終的に皇帝さえひれ伏す。彼の存在というのはそういう類のものなのだ。彼に自覚は少しもないけれど。
僕がティアリィより勝っているとしたら、彼より少しばかり逞しいこの体格と、単純な膂力ぐらいのもので、そんなものはティアリィの魔力量と魔法や魔術の巧みさの前では、何の意味も持たないものだった。少し身体操作で肉体を強化すれば覆せる程度の膂力差と、ほんの少しの魔術で簡単に拘束できる程度の体格なのだから。
僕とティアリィの間には魔法や魔術という面において、明確な隔たりが存在する。僕もこの国の中でだと五指には入るだろうと自負しているけれど、ティアリィは別格だ。
にもかかわらず、どうして僕がいつも容易く彼を組み敷けているのか。そんなもの、ティアリィがろくに抗わないから以外に理由などない。
確かに誘いをかけて素直に応じてくれることなどなく、いつも最初は渋い顔で、ダメだとか嫌だとか言ってくる。だが、理由を聞いたら口ごもり、ようやく口にした理由だって、ほんの少しの僕の反論で続けられなくなってしまって、しまいには先ほどのよう。僕の行動を少しも妨げすらしなくなるのだ。
僕が強引に迫っているのは事実だった。
だが、抗えるのに抗わず、剰え注ぎ込んだ僕の魔力を、いつも大切に腹に抱えたままでいるなんて。そんなもの、僕が彼に手を伸ばすのがやめられなくなっても仕方がないというものだろう。
実際ティアリィに、僕を厭っている気配は微塵もなかった。疎んじているような様子も。行為そのものに対してだって、嫌悪や拒絶を感じているようには見えず。
さりとて、求めには応じてくれて、受け入れてはくれても、求め返してくれることはない。
それはどうしようもない飢餓感となって、僕が彼に手を伸ばす頻度を加速させた。
本当は片時も放したくないという衝動さえ沸き起こるのだ。それをかろうじて堪えられているのは、彼が僕の魔力を、大切に腹に抱えてくれているからに他ならず、それがなければどうなっていたことかとさえ思うほど。
ただ、あまりにティアリィが僕の注いだ魔力を散らさないものだから、日に日にそれは恐ろしいほどの濃さと成っていっていて、僕に、別の意味での危惧と焦燥を抱かせた。
本当は僕が控えればいい。彼に伸ばす手を、自重すれば、それで。
わかっているのに出来なくて。だから、僕は。
「ねぇ、ティアリィ……感じて。わかるだろう?ここに、俺の魔力がある」
体をつなげて、彼を揺さぶり、彼の腹の奥の奥にまで僕の魔力を注ぎ込んで。可愛い可愛いと彼へ愛を囁く合間に、意図して彼に其処を意識させた。
言葉で、導くように。
「あっ、ぁっ、ぁあっ……」
僕の言葉に素直に従ったティアリィが、僕の動きに合わせて喘ぎながら其処へ意識を向けるのが分かる。注意深く様子をうかがいながら、僕は更に囁いた。ティアリィの腹に。凝って渦巻く僕の魔力。
「これだと……すぐに、子供に成るよ……ねぇ、ティアリィ……」
そんな風に、明確に言葉にして子供を、ティアリィに連想させるようになっていた。
否、もう遅いかもしれないともどこかで思いながらも。
本当は一度、散らさせた方がいいのかもしれない。だが、ティアリィに自覚はなく、僕自身、今の飢餓を抱えたままの状態ではそちらの誘導は出来そうもなくて。だからどうしても子供をと、求めるようになってしまっていた。
そんなことを繰り返して二ヶ月。その瞬間は、僕にはすぐに分かった。
「ぁっ、ぁっ、ぁ……ぁあっ……」
だってずっと、ティアリィの様子から、目を離さないようにしていたから。体を揺すられる動きに合わせて、小さく喘ぎながらティアリィが、注いだ僕の魔力を核として自身の腹で子供を成していく。
信じられない思いで、それを見つめた。
「ティア、リィ……?」
喜色の滲んだ声が揺れる。彼の腹の中を吐く僕の動きは、止まるどころか加速した。
「あっ!」
高く上がる声に酔いしれて。ようやく実を結んだと僕は。
「はは……」
笑った。小さな笑いが知らず、口からこぼれ、僕はどこかで安堵しながら、今度は別の意図をもって彼を揺さぶる。
「ティアリィ。ああ、ティアリィ、そうだよ、子供だ……ほら、もっと注いであげる。だから」
ねぇ、ティアリィ。
ティアリィ。
出来るだけその子が安定するように。彼が楽になるように。
一般的に体内で成した子供の成長に必要とされる魔力の量は、核となった魔力の大きさに左右される。つまり、多大な魔力を核としてしまった子供は、育つにもそれに相応しい量の魔力が必要となるのだ。僕がずっと心配していたのはそれ。
ティアリィはずっと、僕の魔力を腹に溜め続けていて、それが見てわかる者達もどうも同じ心配をしたらしく、否、他の理由がある者もあっただろうが、ティアリィにそれとなく、あるいは直接的に、僕と同じような促しをしてくれていたようですらあった。
「ぁっ、ぁあっ……」
ティアリィの声が揺れる。ティアリィが、自覚していく。自分が成した子供のことを。しっかりと、意識して確かに子供としていってくれる。
僕は嬉しかった。そしてやはり、安堵していた。
ああ、これで、僕は。否、ティアリィは。
ティアリィが実際にしっかりと自覚したのは、行為が終わって失っていた意識を取り戻してから。
僕はいつも通り、ソファに寝かせた彼の様子を注意深く窺いながら執務机に着いて仕事を処理していて。
がばりと勢いよく起き上がった彼は、ついで、崩れ落ちるように腹を抱えた。そしてどこか途方に暮れたように視線を揺らす。
ああ。
僕にはわかった。
子供は、本当に彼の本意ではなかったのだと。否、僕は初めから知っていた。
ティアリィは本当に自覚せず、子供を求めている意識などなかったのだから。なのに、注がれた僕の魔力が散らせなかった。
そこにかかる彼自身の心理までは、僕に伺うすべはない。僕に分かるのは、今、彼が抱える戸惑いだけ。だから。
席から立って駆け寄った。そうして彼を、囲うように抱きしめて。笑う。
「ティアリィ」
苦く。だが、確かに感じている悦びを、隠しきることもできず。
ティアリィ。
口に乗せた彼の名は、僕の心情のまま、縋るような粘り気を帯びていた。
「殿下」
僕に呼びかける、その声音一つでティアリィの戸惑いが伝わってくる。全てはきっと彼の意識の外なのだろう。なのに僕は喜んでいる。嬉しく、思ってしまっている。
「ティアリィ。ごめんね。すまない、ティアリィ」
すまない。でも嬉しい。
君には申し訳ないと思っているんだ。でも嬉しくて。嬉しくて。
そして、やはり、何処までも……――ほっと、安堵している自分がいた。
これで彼を僕のものに出来ると喜んで、これ以上の濃さになる前に子供に成った魔力の凝りに安堵もしていた。こちらはすでに遅いとは思うのだけれど、それでも少しでも早い方がいいのは間違いなかったから。
抱きしめた僕の腕の中で。ティアリィの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
それはいったいどんな涙だったのだろう。
僕にはわからない。だけど。喜びの涙ではないことだけは確かだった。
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