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3・王宮にて
3-15・凝って、集まって
しおりを挟む朝食の後。前日と同じように向かった執務室についてすぐ、やはり前日と同じように文官が運んできた書類の山は、せっかく減らした今朝までが期限のそれとまるっきり同じぐらいの量があった。つまり総体量としては昨日の開始時とあまり変わっていないぐらいの多さだということだ。
思わず脱力する。だが、それでも急ぎの分だけならば減っているはず。
気を取り直して、今日が期限となっている書類に取り掛かる。
ティアリィが。昨日出仕してきたのと同じ時間が、もうすぐそこまで迫っていた。
彼は来るだろうかと、少し心配になる。
昨日は随分と無茶をした。一応、治癒魔術はかけたが、それもきっと、あのなお枯れていた喉のように十全ではあり得なかったことだろう。なら、今日は体調不良で臥せってでもいるのだろうか。そこまでではないと思いたいけれど。
つい先ほど母にも充分に気遣うようにと注意されたばかり。これでティアリィが今日、体調を崩しているだなんてことになったら責められるのは確実だ。
それも皆、僕自身の行動が故だとはわかってはいつつも。何より僕は別に彼の体調を悪くしたいわけではないのだ。
ただ、彼を前にして、堪えられなかった。だから手を伸ばした。そして彼は拒まなかった。それだけ。
たったそれだけで、あんな。
昨日のティアリィを、思わず脳裏によみがえらせてしまう。
艶やかで、美しく。淫らがましくも何処か、透徹だった。
『殿下』
彼の甘い声が耳の奥。今もすぐに思い出せる。
ああ、ティアリィ。
もし、今日も彼が無事に出仕してきたならば。彼を目の前にして、僕は耐えきることが出来るのだろうか。
自信がない。
きっとまた僕は手を伸ばしてしまう。
そうしたらティアリィ、君は。また、拒まずに僕を受け入れてくれるのだろうか。
ねぇ、ティアリィ。
仕事の手は止めないまま、そう心の中で呼びかけていると、執務室の扉が軽くノックされて。入室の許可を求める護衛官に頷いてすぐ、昨日と変わらない時間に出仕して来てくれたティアリィを見たら、僕のどこかしらから力が抜けていくような心地になった。
ああ、ティアリィ。来てくれた。
さりげなく様子を改めると、その腹にはまだ僕の魔力を抱えてくれている。だが、それだけ。凝っただけの魔力。
ああ、ティアリィ。君はなんて残酷なのだろう。そんな風に、僕の種を大切に腹にとどめてくれていながら、それを子供にはしてくれていないだなんて。
そんな調子では何かを勘繰られたって仕方がないというのに。
でも僕のスタンスは変わらない。いつだって。
ただ、君が欲しい。ティアリィ。
「やぁ、ティアリィ。待っていたよ」
僕は努めて何気ない顔をして、昨日と同じように彼へと話しかけた。同時に滲み出てしまった安堵は、彼に伝わってしまっただろうか。
「おはようございます、殿下」
彼はなんだか微妙な顔をして、僕にそう返してきたのだった。
その日も結局僕は早々に彼に手を伸ばしてしまった。
彼はやはり拒まずに僕を受け入れる。溢れるほどに彼へと注いだ僕の魔力も、前日と同じよう、最後まで散らさず大切に腹へと抱えて。
ああ、ティアリィ。
そんな行動をして、君はどうして僕を求めてはくれないのだろう。
ティアリィ。
だけど臆病な僕は君についに訊ねられない。
好きだと告げる。
美しいと、かわいいと、心からの賛辞を、惜しみなく君へと浴びせ続けた。
そうしていながら、僕は決して君からの応えを求められず。押し流していく。君が追いつくのを待たず、強引に行為と行動でもって君を追い詰めていく。
この僕の臆病さが、後々、まさかあんな事態まで引き起こすことになるとは思わず。僕は間違ったまま進んでいった。
自分のしていることが、わかっていないわけじゃない。でも君に伸ばす僕の手を、君が拒まないから、僕は。
僕は。
「ぁっ……」
僕の下で、こんなに甘く啼いてくれるのに君の瞳に僕を求める熱はないまま。だから僕は君に訊ねられないまま。
「ティアリィ」
好きなんだ。好き。
そう、好意だけを降り注いだ。溢れるほどの魔力と共に。だからだろうか。三日と開かずに求めてしまう行為の所為か。君の腹には僕の魔力がとどまり続けている。
凝って、集まって。君が全部を抱えて放さないから。それは随分と凄い量に成ってしまっていて。そのまま、子供に成ると、少しまずいのじゃないかと思う程。
途中からはむしろ、早くと焦った僕に、ティアリィがついに答えてくれたのは、それから凡そ二ヶ月後のことだった。
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