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2・学園でのこと
2-16・改めての確認と決意
しおりを挟む「アルフェスはついに、池にまで突き落とされたんだそうだね」
そう言えばと、あえて先ほど聞いたばかりのそれを話題に乗せたのは、ティアリィの意見も確かめておこうと、ふと思ったからだった。ティアリィが部屋に入ってきた直後に交わした会話では触れず、書類仕事を再開してしばらくして蒸し返すように話してしまったことに深い意味はない。
言うならばただの思い付き。
だってあんなこと、結局いつも通りの誤解と思い込みなことはわかりきっていたから話題に出すようなことさえ、普段はしていなかった。
うわさ話やそういった物の外にも、私物を隠される、所持物を破壊される、などという物理的被害も、最近ではちらほら訴えられるようになっていて、しかしそれらもやはり誤解や思い込みでしかなかったからだ。
今更と言えば、今更。
「聞いてたんですか、さっきの」
「聞こえてきたんだよ。だってあんな所で話しているのだもの」
ティアリィも珍しいとは思っているだろうけど、拒否するような物でもなく溜め息一つで会話に乗ってくる。
聞こえていたも何も。ルーファ嬢の声は大きかったし、そもそもこの生徒会室は防音になどなっていないと僕は返した。
今日のルーファ嬢からの糾弾は、端的に言うと僕が先ほど述べたとおり、アルフェスが誰かに中庭の池へと突き落とされたというもので、なんでも、今日の昼休みにルーファ嬢はびしょ濡れのアルフェスを見つけたのだとか。なんてひどいことをと憤っていた。
その後もいつも通り、一方的に、なぜこんなことを放っておくのか、早く犯人を捕まえて謝罪させるべきだ、婚約者なのにアルフェスを守るつもりはないのかなどと捲し立てて、ティアリィの返事もろくに聞かずに去っていったようだった。
相変わらずだと僕は笑う。彼女は本当に人の話を聞かない。
「婚約者なんだから、守ってあげないと」
「からかわないで下さい」
「あっはっは」
ルーファ嬢の主張を一部引用して口から出すと、ティアリィはむっとして不機嫌になった。ああ、本当にこんな顔も可愛くて美しい。
ティアリィの吊り気味の目は睨みつけるような表情でこそよく映えた。
とは言え、笑ってくれるならもちろん、そちらの方が好きなのだが。
「そもそも、あのアルフェスを池に突き落とせる奴なんていると思います?」
「まったく思わないな。いるとして、魔物や、魔獣の類か?」
「よっぽどの大物でもない限り、きっと、アルフェスの方が頑丈ですよ」
違いない。
ティアリィの言うとおり、アルフェスはとかく頑丈なのだ。家系的な体質なのだろう、まず類まれなる膂力の持ち主で、彼に敵うのは彼自身の家系の者以外にはおそらくこの国にいない。剣の腕なら僕も多少は自信があるのだけれど勿論、到底アルフェスには敵わず、学園内の生徒で彼と打ち合おうという気概のある者すら、ほとんどいないような有り様だった。
そう言った周囲と彼との実力差とも言えるものも、彼が周囲と溶け込めない一因となっているのだろう。
加えてアルフェスには魔法耐性まである。流石に他の物理的な物に対するほどではないにせよ、たいていの魔術や呪いなんて跳ね返せる。
いったいどこに守る余地があるというのか。
にもかかわらずルーファ嬢はティアリィに求める。それは物理的な攻撃からだけではなく、精神的にもということなのだろう。
それをこそティアリィは避けているのだけれど。
「多分、ルーファの誤解だと思うんですよね。あの子、人の話なんて、ろくに聞きやしないから」
むしろそれ以外考えられない。ティアリィの言葉に僕も深く同意する。
「とんだ猪娘だものね」
「かわいいでしょう?」
「どこがだ」
ルーファ嬢であるなら、些細な欠点さえ全部かわいいと言わんばかりのティアリィに、すかさず否定を返して、猪でなければ暴走列車だろうと苦く告げた。
「アルフェスに訊けば、多分、真相は分かると思うんです」
僕のルーファ嬢への評価にはそれ以上は触れず、ティアリィが話を元に戻す。
アルフェスは嘘を吐かない。ルーファ嬢の誤解には、むしろ戸惑ってさえいるだろう。だから、とのティアリィの言葉に僕もそうだろうと頷いた。なのに。
「でもなぁ……」
ティアリィが迷うように言い淀む。
全く持って気が進まないと、口調で示して。
ルーファ嬢の訴えのほとんどが誤解と思い込みによるものなのは明白だ。おそらくアルフェスにも話を聞くと、おおよその誤解は解けるだろう。その上でルーファ嬢を再度、宥めればいい。しかしティアリィはそれをしたくないのだ。勿論、僕も。
「じゃあ、どうするんだい」
訊ねたのは、今回の件のことだけではなかった。僕がティアリィにこの話題を振った目的そのものだ。ティアリィは結局、どうするつもりなのかと。応えなど聞かずともわかっているような気はしたけれども。
「放っておきます」
ティアリィからの返事は案の定、僕の予想に違わぬもので。
ふむと、僕は小さく頷く。
「なるほど」
やはりと改めて心に刻む。
アルフェスと距離を置きたい、いっそ婚約も解消したい、というのは学園に入る前からの一貫したティアリィのスタンスだ。それには今も変化はない。なら。
全ては僕にとって、都合のいいように進んでいるということだった。
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