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2・学園でのこと
2-15・二人の思い込みと暴走
しおりを挟むルーファ嬢が、アルフェスが嫌がらせを受けている、などと言い出した時、僕は一体何を言っているのだろうかと内心で首を傾げた。
あの、アルフェスに嫌がらせ……アルフェスが学園に入学してその時点でもう3年弱が経過していた。そろそろ、高等部にも上がろうかというような頃だ。周囲の者も皆、彼の為人は既に把握済みだろう。にも関わらず、そんな話が出るなんて。
嘘ではないと思う。だが、誤解があるというのが真実だろう。
初めは確か、嫌なうわさ話、だったはず。要は陰口だ。ルーファ嬢曰く、アルフェスのことについて、よくない事を陰でこそこそと言っている者たちがいるのだとか。ただ、ルーファ嬢自身、そのような雰囲気を感じたことがあるだけで、明確に見聞きしたわけではないらしい。
ティアリィに訴えていたのも、真偽を確認した上で適切な対応を取って欲しいだとかなんだとか。
うわさ話や陰口が、ないとまでは言わない。だが、雰囲気で悪意を感じられるようなそれなど、この学園で行う者がいるだろうか。多くは他愛もなければ他意もないようなもののはずだ。何せこの学園は守護結界で覆われているのだから。毎日学園に通うことが出来ている、というのはそういうことだ。誰かに明確な悪意を持っている生徒などいないということ。
それを知っている僕もティアリィも、何なら迷い人であるアツコまで、ルーファ嬢の言い分には呆れた。彼女の感じた悪意とは何か。それはおそらく、疑心暗鬼というものだと思う。勿論、ティアリィはそれらを彼女に分かりやすく説こうとしていた。だけど。
その時の彼女はほとんど聞く耳を持たず、いつもは多少なり理解するティアリィの話でさえ、少しも解ろうとはしなかった。
そもそも、守護結界に弾かれたことなどなく、結界の存在そのものを意識することもないだろうルーファ嬢は、あの年になってなお、この国の主流となる守護結界について、ほとんど何も知らないままなのだ。
否、これまでに習ったことはあるはずだ。それらは初等教育の範囲内で、学園に入る前に履修しているべき事項だった。公爵家の教育に不足があるとは思えない。だが同時に、彼女の学習成果に疑問が残るのも確かで、それはアルフェスにも同じことが言えた。
何せ彼女ら二人の座学の成績はお世辞にもいいとは言い難いのだから、学園に入る前の範囲とて、察せられるというものだ。
ともあれ、そういった理由もあり、誰かからの嫌がらせ自体がこの学園内で発生しているとはそもそも考えづらかった。
なのにルーファ嬢はそれをティアリィへと訴える。
ティアリィは率直に言うなら、困っていた。ありもしない嫌がらせに、いもしない者への対応など、出来るはずもない。
自然ルーファ嬢への態度も宥めるようなものにしかならず、それは決して、ルーファ嬢の納得できるものではなかったのだ。
僕も少し彼女と話したことがあるが、彼女の思い込みは相当で、どうにかするにはどうにも骨が折れそうだというのが感想。
手っ取り早いのは、アルフェスとの距離をしばらく置かせること。
二人きりで過ごせば過ごすほど、どうやら彼女たち二人の思考は悪い方悪い方へ行ってしまうようだったから。
それらは多分、アルフェス自体の元々の性質や、ルーファ嬢の暴走しがちな正義感、彼女たちへのティアリィの態度などがすべて悪い方に合致したのだと思う。
だから、彼女たちをバラバラにして、一人一人と向き合えば、状況は改善されたことだろう。
そう考えはしても僕は、あまりに現状が僕にとって都合がよすぎて、ティアリィにもそう言った提案はせず、彼女たちの暴走をとどめないままに学園生活を送り続けた。
僕にも勿論、悪意などはない。何故なら彼女らの状況を改善しないというのは悪意や害意に基づいたものではなく、僕にとってのよりよい未来を手繰り寄せる為のものだからだ。
そうして放置すればするほど、当たり前だが、ルーファ嬢の訴えはエスカレートしていった。
陰口をたたかれる、面と向かって糾弾される、必要以上にきつい注意、仲間はずれからの孤立、連絡事項の不伝達。これらはただの誤解で、アルフェスがどうやらクラスの中で孤立していること自体は本当のようだったから、そこから発生した些細な出来事を悪い方へ受け取った結果ではないかと予想できた。
何分アルフェスは、少しでも不安なことがあるとルーファ嬢へと相談するようになっているようだったから、アルフェスの感じた事実をありのままルーファ嬢へ伝えたのだろう。そしていつしかすっかりアルフェスは嫌がらせを受けていると思い込むようになっているルーファ嬢は、その前提で話を受け取りアルフェスへと返す。そうして出来上がっていった、思い込みで凝り固まった止める者のない暴走状態の二人の現状。
ティアリィは恐らくそこまでの把握は出来ていなかっただろう。ただ、諸々は二人の誤解や思い込みだとは思っていただろうけど。何分彼には、特にルーファ嬢に関して、どうも分厚いフィルターがかかっているようだったから。反面、いつも一緒にいるアツコには僕と同じものが見えていただろうけれど、アツコは彼女らに何か助言などできるほどには、彼女らと親しくなれていなかった。
元々、彼らの身分や性質から二人を諫められるのなんて、ティアリィぐらいしかいなかったのだ。だからこそ彼が、二人が入学して以降、二人に関する苦情やそういった物の対応を全て一人で行っていた。
多分、僕もティアリィほどとは言わずとも、手助けぐらいできただろう。だが、僕にはそんなことをする気が一切なく、それはティアリィも解っていたから助力を請われることもなく。
やったことと言えば、時折、ルーファ嬢を教室まで送り届けたことぐらいで。
僕達の卒業もそろそろ近づいてきた今になっても、ティアリィは彼らのことに関しては僕を頼らない。
他ではそうでもないのだけれど。
僕は生徒会室の扉の外から聞こえてくる、よく通る激昂したルーファ嬢の声に耳を傾けながら、うーんと少し考える。
考えている内容は、手元にある書類のことなどではない。
いずれにせよすべてはルーファ嬢次第だと結論付けて、彼女の声が聞こえなくなってからほどなく、部屋へと入ってきたティアリィににっこりと、いつも通りの笑顔で話しかけたのだった。
「やぁ、ティアリィ、遅かったね」
「ええ、ちょっとそこでルーファに捕まって……――」
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