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2・学園でのこと
2-13・周囲の認識と言質①
しおりを挟む僕がティアリィのことを好きなことは、ティアリィ以外の誰もが知っていた。それはあの、ルーファ嬢やアルフェスでさえも、だ。とは言え、彼ら二人がそれをどこまで正しく認識していたのかはわからない。特にアルフェスは他人の感情の機微にまで気を回せる器用さを持ち合わせてはいなかったし、単純な幼なじみとしての好意と受け取っていたかもしれない。それでも、僕がティアリィを好いていることはわかっていただろう。
幸いなのは二人が、それをティアリィ本人には伝えなかったこと。僕も二人には明言したことがなかったし、もしバラされていたとしても誤魔化す術などいくらでもあったから、特に口止めもしていなかった。
ルーファ嬢は、彼女なりの価値観でそういう感情は自らの口から相手に伝えるべきだと思っていたようで、アルフェスは自分の感情以外のことなど、ティアリィの前では思いもつかなかったのだろう。彼はティアリィを求めるばかりで、それ以外をしないから。その所為でいつも話題にも事欠いて、ティアリィは呆れていた。
僕はやはりアルフェスのそんな部分がついぞティアリィを変化させなかった一因だとも思っている。
だってティアリィは本当にアルフェスを嫌っているわけではないのだ。婚約者としても、不満を持っていない。むしろかわいいとさえ感じていそうだ。いくら自分がアルフェスを、というのが考えられないとは言え、アルフェスさえ柔軟な態度を持ち、ティアリィの変化を促せていたならば。
僕はこんなにも余裕など持てていなかったことだろう。
そうではなくて本当によかった。
僕達の周囲は、そんな僕達のことを全部知っていた。僕の気持ちも、アルフェスの態度も、ティアリィの対応も、全部。僕とアルフェスが二人とも違う方向性とは言えティアリィを望んでいて、ティアリィの方はアルフェスとは距離を取りたがっていて、僕のことは何とも思っていなさそうだということまで、全て。全てだ。
だから僕は周囲に相談を持ち掛けた。
まずはこの国の皇帝と皇后である両親に。
「父上。もしティアリィとアルフェスの婚約が、アルフェス側からの希望で破棄、あるいは解消と成ったら、勿論、僕がティアリィに求婚することを許してくださいますよね?」
ごく、私的な場での発言ではあった。夕食後の団欒とでも言えばいいのか。両親ともに今日の分の公務は全て終わっていて、部屋の中には護衛や従者以外だと両親と僕達兄妹の家族だけしかいない。
逆に言うなら、家族全てがそろっている場で、僕は口を開いたのだ。
僕の言葉に、父は重く溜め息を吐いた。
ついにか、と、言葉にせずとも伝わってくるような溜め息だ。
「求婚、だけなら、私の止められるような話ではないね」
そもそも、僕がティアリィを側近くに呼び寄せる条件として、僕自身の好意を隠すよう進言したのは父なのだが。理由はあくまでも婚約者がいるからで、其処は今も変わっていないのだろう。だから、婚約者#__アルフェス__#がいなくなったら止めはしないと。
「ティアリィくんなら、元々あなたのお相手として申し分ないものね」
将来この国の皇后となる存在としても。
母もおっとりと同意する。
血筋、家柄、能力、更に人格まで。ティアリィに足りない物など何もなかった。むしろ皇帝の隣に立つ皇后として、彼以上に相応しい者もこの国の中にいはしない。彼はそういう存在なのだ。
「でも」
父と母が揃って少し不安そうな顔をする。何を危惧しているのだろう。否、何が気になっているのか。僕は知っていた。
つまりは、僕自身のことだ。
「無理強いは、いけないわよ? ちゃんとティアリィくんの了承は取るようになさいね」
僕自身の抱えている、ティアリィへの感情の大きさ。重く、強く、執拗でどろりと濃い、その情動。それらがおそらく二人には知られていて、だからこそ拭い去れぬ嫌な予感のようなものを抱えずにはいられないのだろう。
彼と。初めて会ってから、これまで。好意を伝えることもできず、閉じ込めて、蓋をして、押さえつけて、少なくともティアリィには届かないようにと苦心した。そうする度に増していったこの想い。僕自身でさえも時に持て余しそうになるほどの熱情。
不安になるのも当然だろう。アツコにだって心配されている。
でも。否、だからこそ。
「勿論ですよ。でも、そもそもティアリィならどんな状況であれ、本当に嫌なら拒絶できるはずです。僕も彼のどんな些細な拒絶でも、見逃さないように注意します。なので、」
「なら、いいのかしらね……」
「いずれにせよ今はまだ、全て仮定の話だ」
「ええ、今はまだ」
躊躇いがちに頷く母と、全ては早計だと濁す父。僕はただ、頷くにとどめる。
言質は取れた。アルフェスが婚約の破棄、または解消を希望した場合には止めないと、そう。
それだけで十分。
僕はアルフェスとは違う。ティアリィの様子を、見誤ったりしない。
その時はそんな自信があった。
しかし、それが、少しばかり自分への過信となっていたとわかるのは。もう、全てが成った後のことだった。
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