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2・学園でのこと
2-11・僕のしたことと、④
しおりを挟む「……っ、――! ……、……っ! ――もういいです! お兄様はいつもそうですのね!」
「ルーファ!」
一方的な糾弾の後、ルーファ嬢は言い捨てて部屋を出ていく。昼休みの生徒会室。珍しく部屋にとどまっていたティアリィの元に、いつものようにルーファ嬢がやってきていた。そして、最近では珍しくもない、ひどく激昂した様子でティアリィを攻め立て、自分の思うような返答が来ないとなるや癇癪を起こしたような様子できつい言葉を投げつけてその場を去る。
ある意味では見慣れてしまった光景だった。その上で。
「殿下」
「うん、少し先まで送ってくるよ」
席を立ち、彼女を追いかける僕の姿も、珍しいものではない。アツコからの胡乱げな眼差しも、また。
「ルーファ嬢」
部屋を出てすぐに追いついた彼女に声をかけた。立ち止まり振り返ったルーファ嬢は先程の怒りを引きずったまま、険しい顔で口元を歪めている。
僕はいつも通りの笑顔を彼女に向けた。
「殿下」
「そこまで送っていくよ」
並んで歩きだす。生徒会室は独立した小屋のようになっていて、校舎とは短い渡り廊下でつながっていた。その立地の関係上、どの教室も微妙に遠い。教室の近くまで送るのは、すでに日常となりつつあった。
ルーファ嬢は中身はともかく、見た目はあくまでもかわいらしい女子生徒だ。その上、公爵家のご令嬢で、いくら護衛が配置されているとはいえ一人きりで行動させるのはあまり良くない。
入学当初、必要以上にティアリィが構っていたのもその辺が原因で、その頃よりは余程周囲に溶け込んだ今では、クラスメイトらしき女子生徒が共に過ごしていることが多いようなのだが、こと、こうしてティアリィを糾弾に来る時には、ルーファ嬢は必ず一人きりだった。
内容が内容だけに、ルーファ嬢なりに考慮した結果なのだろう。あるいは弾丸のような突発的な彼女の行動に、ついていける者がいないだけなのか。
こうして送っていくことも、本当はティアリィ本人がしたいのだろうけれど、流石にあんな調子でティアリィに怒っていた彼女に、他でもないティアリィが言い出すことなどできるはずもない。
だから僕。
別に誰に頼まれたわけでもないけど、自主的にこうするようにしている。流石に毎回ではなく、可能な時か、もしくは……――僕が個人的にルーファ嬢とお話がしたい時だけ。
僕は彼女に自分から話しかけたり、宥めたり、慰めたりなどしない。ただ隣を歩いて送っていく。
でも、直に一緒にいると気になってくるのか、ルーファ嬢はちらちらとこちらを気にするそぶりをし始めた。多分、僕と彼女自身が幼なじみで、他の者よりもよほど、僕とは気安い関係だというのもあるのだろう。彼女はすでに知っているから。僕が、人の話を聞くことが苦手ではないということを。
僕はそれに気付いていながらも何もせず、ただ彼女を待っている。
ぷりぷりと怒ったままのルーファ嬢は、顔の造作だけならティアリィによく似ていてかわいらしい。どうせならティアリィのこんな表情が見たいなぁと思う僕に気付いたわけでもないだろうけれど、そう思った次の瞬間に、ルーファ嬢が小さく口を開いた。
「……お兄様はひどいです」
「うん」
話し出す内容はおそらく、先程の糾弾と全く同じだ。それまで無言を貫いていた僕は、彼女の言葉を妨げない程度に相槌を打つ。だってこれを待っていたから。
「私は、アルフェス様があんまりにかわいそうで……だって婚約者なのに。最近のお兄様はいつも、アルフェス様にきつく接せられておられるわ」
そりゃ、アルフェスが度を越えて鬱陶しいからだと思うけどね。いい加減アルフェスは彼に付き纏い過ぎなのだ。
とは思っても、僕は言わない。
「昔はそうではなかったのに……殿下もご存じでしょう? お二人はとても仲がよろしかったではないですか。 勿論、わたくしとも、仲良くして下さっていましたけれども。お兄様を前になさったアルフェス様はとてもお可愛らしくて」
可愛らしくて。アルフェスよりも更に年下のはずのルーファ嬢が、そんな表現を口に乗せる。それは多分、見た目ではなく態度のことなのだろう。わかる。わかってはいるが、アルフェスのことを可愛らしいなどと思ったことのない僕が到底、同意できることではなくて、浮かべたままの笑みがうっかりと引き攣れてしまいそうだった。
「今も、とてもお可愛らしいでしょう? なのにどうしてお兄様はあんなにもアルフェス様を邪険になさるのか。アルフェス様はお兄様のことがお好きなのに……あんまりですわ」
今も、とても、お可愛らしい……? ルーファ嬢の目には何が映っているのだろうか。それとも、僕の方の目が曇っているのか。何分アルフェスは言うならばティアリィを挟んでのライバルのようなもので、好意的に見れるはずがない存在なのだ。可愛くなどとても思えない。正直、最近のティアリィに付き纏っている様子を見るにつけ、鬱陶しいと思うだけで。僕はとても同意できずにただ笑顔を浮かべ続けただけだった。
ルーファ嬢はそんな僕の様子に構わず、更に口を小さく開く。あまり大きな声ではない。まだどこか気分を害した雰囲気を残したままのそれ。
「お兄様は何かをお間違えになったりなさらない方なのに。最近のお兄様はおかしいですわ」
ルーファ嬢の目からは、やはりティアリィが一方的に理不尽に、アルフェスを邪険にしているように見えているらしい。ルーファ嬢にとってアルフェスの、あの度を越えた付き纏いも可愛らしい行為でしかないようなので余計になのだろう。
正直、否定することも、宥めることも簡単だった。ティアリィのフォローをすることも。だけど僕はそれらを何もしない。
ただ、いつもと同じように彼女の言葉に頷いた。そして。
「そうだね。君には最近のティアリィは何処かおかしく見えるんだね。なら、アルフェスの味方には君がなってあげないと。救ってあげられるのは、きっと君だけだ」
ほんの少しの作意をひと匙。
「わたくし?」
「そう。だってティアリィが最近おかしいのでしょう? なら、君がどうにかするしかないじゃないか」
おかしいと思っているのは君なのだから。
大したことなど何も言う必要はなかった。アルフェスに、どう味方し、どう救うのかなどの具体的な方向性さえ示さない。加えて僕はルーファ嬢の言葉に同意を示せど、一言も僕自身がティアリィをおかしいと思っているだとかは言っていなかった。そこまで言ってしまうと嘘になるから。悪意も害意も差し挟まれない嘘など、難しいばかりだろう。僕は誰かを害したいわけでも、誰かに悪意を持っているわけでもないのだ。ただ、望む物があり、その為に行動しているだけ。そこに嘘などという余計な物は必要ではありえなかった。だからこそ、これで充分。
君がどうにかするしかない、だなんていうのは少しあからさま過ぎただろうか。しかし、ルーファ嬢にはおそらく、これぐらいでないと伝わらない。
そして案の定、ルーファ嬢に僕の意図は正確に伝わったらしかった。
「わたくしが、どうにかする……救って差し上げる。アルフェス様を」
僕はアルフェスを救えとは言っていないけれどもね。
ルーファ嬢がそう思ったのなら、それでよかった。否、そう思ってくれるように話した自覚はあった。誰を、どう救うのか。そもそも、どうしてこんなことになっているのか。
肝心の部分を理解しないままのルーファ嬢がどう動くのか。僕は楽しみに待つことにしてルーファ嬢を見守った。
「ありがとうございます、殿下。わたくし、おかげで少し、わかりましたわ」
「お役に立てたようならよかったよ」
いったい何が分かったというのか。きっと何もわかっていないのだろうとは思いつつも僕は。彼女へと、にっこり、心の底からの笑みを返したのだった。
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