20 / 67
2・学園でのこと
2-6・ルーファ嬢と言う少女
しおりを挟むルーファ嬢はルーファ嬢だった。
何も変わらない。
2年前、僕自身が学園に入学するまではティアリィやアルフェスと共に、ルーファ嬢ともそれなりの時間、共に過ごした。とはいえ、週に2、3度。ティアリィよりも少ない頻度。
だからこそ僕は彼女のこともよく知っている。
ティアリィがいかに彼女を甘やかしてきたのかも。
ルーファ嬢自体に、他意など何もない。悪意も、害意も、何も。
むしろ善良でお人好しでさえある。困っている人は助けなければいけない、なんて道徳心も、当たり前にしっかり持ち合わせていた。いっそ、そういう正義感は人より強いぐらいだろうか。
しかし、彼女には圧倒的に想像力が足りていなかった。
これこそがティアリィが甘やかしに甘やかした弊害だと僕は思っているのだが、ルーファ嬢は自分を少しも偽れないのだ。正直で素直。欲しいと思った物は欲しいというし、嫌だと思ったことは躊躇いなくそう口にする。そこに他者への配慮など存在せず、否、自分がそう告げることによって相手がどう受け取るのか、結果どういった事態に陥るのか、などということを、徹底的に考えられない人物へと成長していた。
今まで。全てのフォローをしてきたティアリィがすぐそばにずっといたから。彼女はそれらを考える必要がなかったのだ。
あのままでいいはずがないことなんて、誰の目にも明らかなのに、ティアリィはルーファ嬢への態度を改めようとはせず、今も彼女のフォローに奔走している。
ルーファ嬢が入学して1週間。たったそれだけで、すでにティアリィはルーファ嬢の事情ゆえに今までよりもずっと忙しくなっていた。
自然、僕達と一緒にいる時間も減っていて。
「珍しく機嫌が悪いのね、殿下」
昼休み、生徒会室にて。ある程度の書類仕事なども終わり、すると途端に席を立って、部屋を出て行ったティアリィを見送った後、すぐにも机で項垂れ始めた僕にアツコがからかうように声をかけてきた。
むっと顔をしかめる。
「機嫌なんて、いいはずがないだろう」
当たり前だ。だって少しも面白くない。
溜め息を吐いた。
「ま、これは僕の見通しが甘かったと言わざるを得ないかな」
ルーファ嬢という存在が持つ意味を甘く見ていた。
特にティアリィに関する、彼女の影響力を。
現にティアリィはここ数日、ちっとも僕の側にいないのだ。
生徒会の仕事や、クラスでの用事、授業の何かなどに手を抜いているなどということはなかった。
ティアリィがそんなことをするはずがない。良くも悪くも彼の優秀さは折り紙付きだ。多少他のことに手を取られているからと言って、それらが疎かにされることは決してなかった。
だけど。
もう一度深く溜め息を吐く。
「僕の……優先度は、ティアリィの中では低い」
「それは、」
「いいんだ、わかっている、ただの事実だ」
咄嗟に否定しようとしてくれたアツコにも、ふるりと首を横に振る。フォローなど要らない。
そんなことわかっている。今更だ。知っている。
勿論、王族、という意味でなら、尊重してくれているだろう。だけどそれだけ。ティアリィは僕を優先しない。決して。何故ならティアリィにとって僕は、優先しなくてもいい存在だからだ。アツコも同じ。逆に言えば、気を使わなくてもいい相手とも言える。
それは決して悪いことではなかった。特に今までは、少しだって。悪いことでは、なかったのだけれど。
「ティアリィの最優先事項はルーファ嬢なんだ。そんなこととっくに知っていたはずなんだけどね」
2年。ルーファ嬢と離れていて、僕自身、彼女のことを甘く見るようになっていたのだろうか。否、想定以上に、彼女が彼女でありすぎたせいか。
1週間。ルーファ嬢が入学してきて、まだたったの1週間だ。なのにこの状況。
ルーファ嬢の話は、アツコの耳にも届いていて、アツコは重ね重ね、驚かずにいられないようだった。
入学式の時僕たち二人して口を揃えた、もっと強烈というその言葉の意味をアツコはすでに十分に痛感している。
ティアリィの元に届けられる、ルーファ嬢関連の相談事は、要はその全てが苦情だからだ。当然、ティアリィと可能な限り行動を共にしている僕とアツコの耳にも同じ話が届くこととなった。
僕は溜め息を吐く。
珍しくアツコの眼差しが気づかわしげだ。
「今日、ティアリィが何をしに行っているか知っている?」
何をしに、何処に行っているのか。
僕の問いに、アツコはふるりと首を横に振った。
「知らないわ」
用があるとしか、聞いていない。でも、用なんてそんなもの、ほとんど、間違いなく。
「ルーファ嬢がね。同級生から貰ってしまった髪飾りを返しに行っているんだよ」
勿論、ルーファ嬢も一緒にね。
肩を竦める僕に、アツコがぎゅっと眉をしかめた。
「それは、つまり、」
「うん、今、君が想像した通り。ルーファ嬢が取り上げてしまったんだよね。無自覚に、同級生から、その子が大事にしていた髪飾りを。ルーファ嬢は、こう言っただけだそうだよ」
曰く、その髪飾り、素敵ね。わたくしにくださらない? と、そう。
幼く、何も考えず。いいなと思ったから欲しいと言った。公爵家のご令嬢が、そう口にしたのだ。
「言われたのは、男爵家のご息女だったそうだよ」
「それはまた……」
公爵家のご令嬢からのおねだりを、件の女生徒が断われたはずがない。
だが、ルーファ嬢はそんな背景をおそらく今もって知らないままだろう。そもそもルーファ嬢には、その女生徒から取り上げてしまっただなんて、そんなつもりは一切ない。欲しいと思って、そう、口にして。告げられた女生徒がどう返すのか。それ自体、ルーファ嬢にとって大きな問題ではなかったはずだ。断られても、貰えてもどちらでもいい。女生徒が拒否したなら、それはそれで、ルーファ嬢は怒ったりもしないのだ。あら、残念ね、とでも言ってそれで終わり。
ルーファ嬢はそういう少女だった。起こしてしまった出来事の結果や態度はともかく、ルーファ嬢自身は我儘で手が付けられないというような少女では決してない。むしろ穏やかで寛容でさえあるだろうか。同時に壊滅的に自分が口に出してしまった事柄の結果を、想像できない少女でもあった。
自分がそんなことを口に出して、相手がどうなるのか、それが分からない。だから、こうなる。
「余程大事な髪飾りだったんだろうね。その女生徒は困り切ってティアリィに相談しに来てね」
ティアリィはこれまでの実績とその立ち居振る舞いから、そういった相談にも応じてくれそうな雰囲気を持っている。そんなことで機嫌を損ねたりしない人物であることを、もはやすでにみんな知っている。
反して、ルーファ嬢がどのような人物であるのかを誰も知らなかった。
ティアリィの妹であり、またこの学園に通っているのだから、おかしな人物だと思っている者もまたいないことだろう。
だが、一見朗らかで爛漫なルーファ嬢の雰囲気は、同時に相手にルーファ嬢の希望を断ってはいけないのだと思わせる何かを纏っていた。
だからティアリィに相談しに来る。ルーファ嬢の実兄でもある、彼に。
「で、今、返しに行っていると」
「そう。で、今度の休みに、代わりを一緒に選びに行くんだって」
ティアリィとルーファ嬢で。
それで終わり。
ルーファ嬢は決して、そんなことでごねたりしないのだ。
「ま、ちょっとしたら少しは落ち着くとは思うけどね」
周囲が、ルーファ嬢に慣れればある程度は。
「でも」
僕は考える。そこでいったん言葉を切った僕を、アツコが怪訝そうに窺ってくる。
「でも?」
「うん。このままには、しておかない、かな?」
今すぐに、という程ことを急いてはいないけど。このままになど、しておかない。
これからを想像して笑う僕に何を見たのだろう。今までの気づかわしさはどこへやら。とたん胡散臭そうな眼差しに変わったアツコが、小さく溜め息を吐いて僕に言った。
「ほどほどにね」
諦めを滲ませ、そう。
「肝に銘じるよ」
軽く請け負って再度笑いながら僕は、これからのことを考えていた。
2
お気に入りに追加
568
あなたにおすすめの小説
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々
月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。
俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
悪役令息は楽したい!
匠野ワカ
BL
社畜かつ童貞のまま亡くなった健介は、お貴族様の赤ちゃんとして生まれ変わった。
不労所得で働かず暮らせるかもと喜んだのもつかの間。どうやら悪役令息エリオットに転生してしまったらしい。
このままじゃ、騎士である兄によって処刑されちゃう!? だってこの話、死ぬ前に読んだ記憶があるんだよぉ!
楽して長生きしたいと処刑回避のために可愛い弟を演じまくっていたら、なにやら兄の様子がおかしくなってしまい……?(ガチムチ騎士の兄が受けです)
「悪役令息アンソロジー」に寄稿していた短編です。甘々ハッピーエンド!!
全7話完結の短編です。完結まで予約投稿済み。
伴侶設定(♂×♂)は無理なので別れてくれますか?
月歌(ツキウタ)
BL
歩道を歩いていた幼馴染の俺たちの前に、トラックが突っ込んできた。二人とも即死したはずが、目覚めれば俺たちは馴染みあるゲーム世界のアバターに転生していた。ゲーム世界では、伴侶(♂×♂)として活動していたが、現実には流石に無理なので俺たちは別れた方が良くない?
男性妊娠ありの世界
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
ハッピーエンド=ハーレムエンド?!~TS転生でへたれ攻めだけど幸せにしてみせる!~
琴葉悠
BL
異世界アルモニアのインヴェルノ王家の第二王子ダンテは、転生者だった。
転生前はブラック企業の会社員高坂美鶴だったが、パワハラ上司に殺された為色々あってこの異世界アルモニアのダンテ王子に生まれ変わった。
彼女──いや、彼の望みは只一つ、「攻略対象になっているキャラ全員を幸せにしたい」。
今日もダンテは神様の助言とディスりを受けながら前進する、そう、ハッピーエンドもといハーレムエンドの為に!
(4/21にタイトルを「ハッピーエンド=ハーレムエンド?!~TS転生でへたれ攻めだけど幸せにしてみせる!~」に変更しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる