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1・幼少期〜学園入学まで
1-13・好きを悟らせない理由
しおりを挟む「ねぇ。貴方ってもしかして、ティアリィが好きなの?」
迷い人たる彼女……――アツコが、僕にそんな風に訊いてきたのは、彼女と頻度高く接するようになって2ヶ月、学園への入学を約1か月後に控えた頃のことだった。
わざわざティアリィが王宮に上がってこない、僕しかいない日を狙ってそんな話を振ってくるなんて。これは恐らく彼女の気遣いなのだろう。
「どうして?」
本当に誤魔化してしまえると思っていたわけではないけど、ひとまず、肯定はせずに逆に問い返す。
アツコはしんなりと眉尻を下げた。
「どうしてって……そんなの、見てたらわかるわよ」
アツコは、別に鈍い性質というわけでもないのだろう。なるほどと納得した。何故なら僕はティアリィへの気持ちを、彼以外に対しては誰にも隠していないから。知らないのはティアリィだけだ。
彼にだけは、まだ、気付かれずにすんでいる。
僕が意図的に、ティアリィに気付かせないようにしていることも多分、アツコは察していて、だからこそ、ティアリィ本人がいない所で、こうして話題に出したのだろう。
アツコは異世界人で、だからこそ当たり前にこの世界のことを何も知らなかった。
ゲームとやらで多少は知っていたようだが、それは本当に少しでしかなく、一番詳しかったのはおそらく、あてにならない人物像だろうという有様で。
なのに元の世界にも帰れない。
いいのか悪いのか、それについては、アツコは特に思い悩んでいるというような様子を見せなかった。未練がないのかと問えば、そうではないのだという。
「未練なんてあるに決まってるじゃない。戻りたいって思うわよ。でも、戻れないんでしょう? なら、仕方ないわ。出来ないことをうじうじ悩むのって、私、性に合わないのよね」
あっけらかんとした口調だった。割り切りがいいというのだろうか、切り替えが早い。アツコ曰く、元々の気質なのだそうだ。まぁいいか、為せば成る、成るようにしかならない、と、これまでも何かある度に、唱えて生きてきたのだと。……――詳しくは聞かなかった。
アツコとはまだ、出会って数ヶ月。その上、僕たちはまだ子供で、いくらアツコの面倒を王宮で請け負っているからと言って、彼女の過去全てを丸裸にする権利まではない。そもそも、恩に着せたいわけでもなく、ただ、寄る辺ない迷い人が自らの足で立って歩いていけるよう、手助けしているに過ぎなかった。
自立、自活の支援をしているだけ。それまでの保護は施しと言ってしまえばそれまでだけど、それこそが王族の負う義務だとも考えている。この国へと迷い込んだ時点で、彼ら彼女らもまた国民の一員となるのだから、いわば福祉の一環に過ぎない。
今、こうしてアツコに。学園に入るにあたり、必要と思われる最低限の知識を授けるのもそうだ。幸いにしてか、元居た世界が日本のようなので、生活習慣などに大きな差はなく、この世界特有の在り方などを解くだけで済んだ。
アツコにつけた教育係は幾人かいたが、可能な限り、僕とティアリィ自身でも受け持つようにしている。
アツコが僕らのような子供でも、子供だからと言って侮ったりしない人格者でよかったと安堵したのは彼女とあってすぐのこと。
2ヶ月も経つ今となっては、随分と親しくなれたような気もしていた。それこそ、こんな風に授業の合間の休憩で、雑談に興じるぐらいには。
僕は溜め息を吐いた。ティアリィへの好意なんてそんなもの、誤魔化すつもりなんて初めからない。誤魔化せるとも、思っていない。だが、あえて今聞いてきた、その真意は気になった。
「どうして?」
もう一度、同じ言葉で問いかける。だが、今度持たせた意味は違う。
「え、だから、見てたらわかるから、」
「ううん、そうじゃなくて。どうして、そんなことを聞くのかなって」
アツコなら多分、もっと早く気に気付いていたはずだ。
それをわざわざ、何故、今、訊ねてきたのか。
「うーん、そう聞かれると、返事に困るわね……でも今日はティアリィもいないし、聞くなら今かしらと思ったの」
そんな話が出来る程度には、親しくなっているとも、思ったのだと。
僕も困った。
ティアリィが好きなのか。そう訊かれて、肯定以外の返事など返せず、そんなことはそれこそ見てわかるような当たり前とも言えることで。とりあえずと首肯する。
「そうだね。僕はティアリィが好きだよ」
愛してると、言ってもいい。彼は僕の全てだ。
「その割には、それをティアリィには悟らせないようにしているわよね」
好きならアプローチするものじゃないの?
アツコの問いは、当たり前と言えば当たり前に持つだろう疑問だ。そういえばアツコにはまだ話していなかっただろうか。
例えばゲームではどうだったのだろう。そこまでは聞いた覚えがない。ゲームの話はどちらかというとルーファ嬢のことが中心だったから。
「ティアリィに婚約者がいるのは知っている?」
僕の言葉に、アツコははっとした顔をした。心当たりがあったのだろう。同時にすっかり失念していたようでもあった。
「え、まさかアルフェス様?」
アルフェスに様付け? 少し気になったが、その部分はそのまま指摘せず頷くにとどめる。
「そう。アルフェスとティアリィの婚約は、アルフェスが生まれる前に交わされたものだと聞いている。勿論、僕がティアリィと初めて会ったのはその後でね」
いくら好きでも、どうにもならない。今はまだ。
僕とティアリィが初めて出会ったのは5歳の時。一つ下のアルフェスが、生れる前から交わされていたような婚約になど敵わない。
この世界では性別が、アツコが元居た世界ほどには重要な意味を持たないという話はすでに伝え済みだった。同性同士でも子が成せるのだ。婚姻にもまた、性別の括りはない。
アツコが気の毒そうな顔で僕を見た。アツコの目には、僕が、敵わない恋に身を焦がす可哀そうな少年にでも見えたのだろうか。この僕が? そんなことありえないのに。だが、アツコはまだ何も知らないから。
「ティアリィに悟られないようにしているのは、それが条件だからだよ。ティアリィと、出来るだけ一緒に過ごすためのね」
僕は笑った。
その笑顔に何を見たのだろうか。アツコはしばらく息を飲んだ後で。
「……そうなの」
ただ一言、そう呟いたのだった。
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