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1・幼少期〜学園入学まで

1-9・秘密の場所

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 その場所にティアリィを連れて行こうと思ったのは、初めてティアリィが王宮に泊まった時だった。
 彼と、出会って。何度目の春だっただろう。確か、二度目だ。僕らが共に7歳になったばかりの春。ルーファ嬢が王宮へと上がるようになる少し前のことだったと思う。
 僕は浮かれていた。
 だって初めてティアリィが夕方に帰らず、王宮で一夜を過ごすことになったのだから。
 ティアリィはいつも朝の遅い時間に王宮を訪れ、昼食を含め日中を僕と一緒に過ごし、夕方には王宮を辞す。頻度はちょうど週の半分ほど。毎日ではなかった。
 その日ティアリィが王宮へと泊まることになったのは、さてどういう理由だったのだろう。公爵家側で何か事情があったのか、ティアリィの弟妹が体調を崩した? その関係でティアリィが王宮に預けられたのだとか、親元を離れて一人でよそに泊まる練習、だったのだとか、あるいはそれら全てが重なったのか。理由は明確にはならなかったが、存外、僕への大人たちからのご褒美のようなものだったのではないかとも僕は思っている。だって確かあれはちょうど僕の誕生日とティアリィの誕生日を過ぎてほんの数日後の出来事だったはず。
 泊まるとはいっても、流石に一緒に寝るという話にはならず、それでも僕は構わなかった。むしろ寝室でまで一緒だなんて、逆に僕は落ち着かなくなっただろうし、必死に好意を隠していることすら、無駄になったかもしれないとまで思う。少なくとも夕食までの時間、共に過ごすことが出来、夕食も一緒に摂れた。夕食後も長くはないが同じ時間を過ごし、夜の早い時間の内に別々の部屋で寝支度を整える。翌朝にもまた、ティアリィの顔が見れる。
 それだけでも僕は嬉しくて。
 ああ、そうだと思いついたのは、少し早くはあったけど、風呂にも入って寝衣も身に着け、あまりに落ち着かないものだから、いっそベッドに入ってしまえと横になり、天井を見上げた時のことだった。天蓋の内側の紺色に棚引く天鵞絨ビロードを見て思いついたのだ。少し前に父に教えてもらった場所のことを。ティアリィなら問題なくその場所にも入れるし、一度しか見ていないけど、とてもキレイで圧倒される光景だったから、ティアリィにも見せたくなって。
 がばと起き上がる。幸い、寝るにはまだ早い時間、ティアリィもきっとまだ起きているだろう。ならきっと問題はない。遅くなりすぎずに戻ればいい。
 そう思うと気が急いて、僕は手早く外套を羽織り、ティアリィへと割り当てられている客間へ向かった。僕の私室からだと一番近い一室だ。
 訪れた僕に、ティアリィは目を真ん丸にして驚いていた。だって少し前に、また明日と別れたばかり。二人ともすっかり寝衣姿で、後はもう寝るだけという様子だったのだから。
 ただ。

「ティアリィに、見せたい場所があるんだ」

 そういって、ティアリィの手を引いて誘った僕に、ティアリィは不思議そうにしながらも抗わずついてきてくれて。僕は弾むような気持であの場所へ向かった。足が自然、駆けている、

「殿下、何処へ」

 人気のない王宮内を急いだ。王宮に泊まるのが初めてだからだろうか、あるいは陽が落ちてからの王宮が、日中のそれとあまりに違って見えたからか、何処か不安そうに訊ねるティアリィに、僕は浮かれた気分も隠せていないままに応える。

「いい所だよ」

 とってもいい、特別な場所。王家の血が、あの場所に入る鍵となるのだけれど、多分ティアリィなら間違いなく入れるだろうの場所。
 王宮の奥へ奥へと駆けて、ちょうど王宮の奥にある庭へと差し掛かった時。

「うわぁ……」

 つと、ティアリィの足が鈍くなり、僕は後ろを振り返った。視線の先でティアリィは、感心したように辺りを見回している。僕もティアリィの視線を追って周囲を見渡して、なるほどと小さく頷いた。
 夜の庭は仄かな月明かりに照らされて、微かに白く瞬いている。
 闇に慣れた目でようやく見える程度の暗闇の中、王宮内に灯された明かりの反射と、周囲を見渡せる程度に焚かれた篝火に照らされて、特有の陰影が辺りに描き出されていた。ゆらり、揺れる影が、どこか美しく。でも、そんなものより、今僕の視線の先にいるティアリィの方がずっとキレイ。
 ティアリィの透き通るような銀髪プラチナブロンドが、白い月の光を弾いている。震える睫毛までキレイ。
 くすりと笑った僕は引いたままの手にぎゅっと力を入れて、ティアリィの小さく柔い手を握りしめて、軽やかに口を開きながら、先を促した。

「王宮の、夜の庭も素敵だけどね。今から行くところは、もっと凄いんだ」
「もっと?」

 そう、もっと。
 こんな庭よりも、もっとずっと、あの場所の方が凄い。
 僕の浮かれ具合がティアリィにも伝染したのだろうか、少し前までの不安そうな様子はいつの間にか楽しそうなそれへと変わり、ティアリィは僕が手を引くままに着いてきてくれた。
 そのうちに目に入るようになったのは一つの塔だ。
 僕が目指す場所。
 王宮の端、森も近い場所に建っている。
 それほど、ぐっと、背が高いというわけではないが、王宮内にあっては一番に近い程度の高さの一見して何のための建物かさえわからない建築物。見ための広さもそれほどではない。
 かかっている魔法ゆえ、外壁に荒れた印象はなく、王宮と揃えられた白いそれは、シンプルでありながら美しかった。

「ここだよ。さぁ、入って」

 多分ティアリィなら入れるはずだから。
 塔、唯一の扉に手をかけ、鍵を開ける。この鍵は言うならば飾りだ。この塔自体に防御魔法がかけられていて、本来ならば鍵など必要ないぐらい。この防御魔法を抜ける・・・方法はただ一つ。
 この身に流れる王家の血のみ。
 案の定ティアリィは何も気づいていない・・・・・・・・・様子で塔の中へと足を踏み入れることが出来た。
 それにしても、ティアリィにさえ気づかせないような魔法とは恐れ入る。流石は今は失われた魔術が全体にかかっている塔だけのことはあった。
 塔は僕たちをすんなりと迎え入れ、あまつさえ僕達に合わせて灯りを点けていく。
 人を感知して、足元を見るのに困らない程度の灯りは、しかし決して明るすぎず。壁に区切られた螺旋階段は、塔の外壁に沿うように、設置されていた。
 所々に、人が通れない程度の小さな窓があり、外の様子がちらとでも見えるようになっている。灯りの所為と、階段が決して狭くはなっていないのもあり、閉塞感はあまりなかった。多分、白に近い柔らかな色合いをした壁の影響もあるだろう。濃さの違う、同系の色で微かに、緻密に蔦模様が品良くあしらわれてもいる。窓に飾り気はないけれど、かと思えば武骨と言うわけでもなかった。
 いくつかのドアを通り過ぎて、階段を、上って、上って、上って、僕が足を止めたのは階段の突き当り。最後の扉の前。

「ほら、来てごらん」

 ティアリィの手を引いたまま室内に入る。そこにあったのは辺り一面の星空だった。

「ふあぁ……っ!」

 ティアリィが感嘆の声を上げ辺りを見渡す。かわいい。薄い水色の瞳の中に、映った星がキラキラと瞬いた。
 室内であるはずなのに、まるで壁がないかのような景色。天井も見当たらず、星に埋め尽くされている。床だけは例外的に、星空が描かれているだけで、本物の星空が映っているわけではない。
 おそらく、壁と天井に映すだけで事足りたのだろう、しかしその星空の中に、この塔に入る前まで見えていたはずの月は見当たらなかった。
 当たり前だろう、ここに映っている星空の中に月は存在しない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだから。
 なぜならば、今ここに見える星空は全て、異界のそれと・・・・・・連動されている。
 この場所はこの世界にありながら、別の世界を映していた。
 今は失われた古い魔術だ。

「キレイだろう? 夜にしか発動しない、魔法の部屋なんだ」

 陽が落ちないと見られない。日中はただの塔で此処もただの白い部屋。僕に、手を握られたままのティアリィは、そんなことに少しも構わず、ただ、ただ、目の前の景色に見入っている。
 連れてきてよかった。心底から思った。

「何代か前の異界から来た妃の慰めに、建てられたと聞いている。キレイだろう?」

 訊ねると頷く。常とは違うティアリィの様子は何処までも僕を魅了した。かわいい。かわいいかわいいかわいいかわいい。
 そんな一言で頭の中が埋め尽くされていたからだろうか。

「ティアリィと、一緒に見たくて」

 この美しい景色を、君と、共有したくて。

 うっかり、そんなことまで口からこぼれ出ていた。
 ああ、駄目だ、これは好意だ。今、ティアリィに伝えるわけにはいかない僕の心。だけど今更、偽れなくて、ティアリィを見る。
 笑う僕にもティアリィは、何も気づいた様子もなく、やはり一面の星空に圧倒されるばかり。
 気付かれなかったのは果たして良かったのか悪かったのか。
 今は良かったと思うことにして僕は、その時、見事なまでの星空をティアリィと二人、それほど長い時間ではないながら、じっと見続けたのだった。
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